「チベット語の綴りを考える(その1)」
(2013.2.12 更新)
このページは「「shad(l)の前のnga字にのみtsheg()を打つ規則」を考える-チベット語の綴りを考える(その1)」をのせています。
1.チベット語の綴りを考える
上古中国語喉音韻尾の問題を解くためのヒントがチベット語の綴りにあります。そこでいまだ解明されていないチベット語綴りの謎の一部を解いていきたいと思います。
「チベット開國の英主ソン・ツェン・ガムポ王(Sro-btsan-sgam-po, 569?-649A.D.)」が「トンミ・サムブホータ(Thon-mi sam-bho-a)をインドへ派遣し」、「トンミはインドで文字と文法學を學んで歸國し, チベット文字を作つたと傳へられてゐ」(ともに稲葉 昭和54:1)ます。字母は7類半30字母(次表)、子音は全てa音をともない、基字の上部にi, e, o、下部にuの符号を添加して表わします。
ka類 |
ka kha ga nga l |
ca類 |
ca cha ja nya l |
ta類 |
ta tha da na l |
pa類 |
pa pha ba ma l |
tsa類 |
tsa tsha dza wa l |
zha類 |
zha za ’a ya l |
ra類 |
ra la sha sa l |
ha類 |
ha a l |
*ha類のaは声門閉鎖音(//)をともなう[a]、zha類の’aは有声声門摩擦音(//)の[a]。この子音は日本語の「「母」 [haa]」(小泉 1982:96)の第2音節のハにみられます。
*ほかにサンスクリット転写用としてさまざまな文字や綴りがみられます(1)。
*みやすいようにtshegの印は逆三角形の小点()を使用。
チベット語の綴りの大きな特徴は漢字の偏旁や冠繞(脚)のように基字の前には添前字、上には有冠字、下には有足字、そして後ろには添後字、さらにその後に再添後字を添加して語(基)を綴ります。
わかりやすいように図で示すと、次のようになります。
┏━━━━━┓
┃母音記号@┃
┗━━━━━┛
┏━━━━━┓
┃有 冠 字 ┃
┗━━━━━┛
┏━━━┓ ┏━━━━━┓ ┏━━━┓ ┏━━━━┓
┃添前字┃ ┃ 基 字 ┃ ┃添後字┃ ┃再添後字┃
┗━━━┛ ┗━━━━━┛ ┗━━━┛ ┗━━━━┛
┏━━━━━┓
┃有 足 字 ┃
┗━━━━━┛
┏━━━━━┓
┃母音記号A┃
┗━━━━━┛
*@はi, e, o、Aはu。ただし、母音aのときは基字のみ。
たとえば亡命チベット人のあいだで「今日は」のあいさつ言葉として使われている、bkra shis bde legs のbkraは基字のkaに添前字ba、有足字raがついたもの(ba, ka, ra)、legsは基字のlaにe (母音記号@)のついたleに添後字ga、さらに再添後字saが添加された(la, e, ga, sa)ものです。またチベット語の綴りは9世紀以後ほとんど改訂されなかったために綴りと発音が非常に乖離してしまい(2)、bkra shis bde legs lの発音は「タシデレ。」に近い音になっています。そしてこれらの文字を綴るときは語(基)ごとに最後の字母の右肩にtsheg()を打ち、句末にはshad(l)を書きます。しかし不思議なことに句末のshad(l)のまえでは、nga字にかぎりtsheg()を打つ(省略できない)規則があり、その違いは次のようになります。
一語文 |
単文 |
|
tsheg()を打つ |
nga l (「私。」) |
kho dang nga l (「彼と私。」) |
tsheg()を打たない |
kho l (「彼。」) |
nga dang kho l (「私と彼。」) |
*ふつうtsheg()もshad(l)も省略され、nga dang kho/ kho dang nga のように転写されます。
2.a chung(小さいa)と言われる
’a字について考える
ここではa chung(小さいa)と言われる ’a字について考えることにします。チベット語の「ア」には aと’aの二つがあり、後者の’aは次のように用いられます。
基字として@ |
’a cag (「私」・複数辞→「私達」) |
添前字として |
’di (「これ」) |
添後字としてA |
sa’ (「地」)A, dga’ (「歓喜」) |
長音符号としてB |
ka’a |
*’aが添前字や添後字として用いられるときはaを省略して、’で転写します。
*@ほかにもnga’i(「私」・属格→「私の」)。mi’u(「人」・指小辞→「小人」)など。
*A敦煌文献などでは添後字a’をもつ形sa’で書かれているが、現在の綴りはsa。ただし、dga’(「歓喜」)はdag(複数辞)とまぎれるため添後字a’は省略されない。
*Bサンスクリットの短音kaをチベット語ではkaで、長音kは字母kaの下に’a(a chung)を添加してka’aのように写される。
そこでまず添前字’aと発音の関係をみてみると、次のようになっています(金 1983:115-7)。
綴り(意味) |
dbus gtsang(衛藏)方言 |
kham(康)方言 |
a mdo(安多)方言 |
|||
lha sa |
chab mdo |
sde dge |
rma chu |
mang ra |
rta ‘u |
|
’bum(「十万」) |
pum |
nbum |
nb |
nbm |
mbn |
nbm |
’di (「これ」) |
ti |
nb |
nde |
d |
nd |
ndE |
mda’(「矢」) |
ta |
ndA |
nda |
mda |
nda |
mdA |
*声調は省略。:uの鼻音化母音。
上表にみられるように古典チベット語の添前字 ’aとmaがカム方言では鼻音n、またアムド方言では鼻音のnやmであらわれています。また添前字「’aは, 合成語の前節の末尾が母音であるとき, 鼻音に発音せられることがある。 (改行) dge ’dun gen-dun 僧團, 僧伽 (以下、2例省略) 」(稲葉 昭和54:72)ことから添前字 ’aは古代鼻音Nであったと考えることができるでしょう。ところで「チベット古典文法學の規定によれば, この’a-chungが前綴し得るのは女性字母g, j, dz, d. bと中性字母のkh, ch, tsh, th, phのみである。稲葉(1966) p.73. しかしながら我々の扱う漢語を寫した資料(筆者注:敦煌出土資料など)には時として (或はしばしば) k,
c, ts, t, p, sh, zh, s, z, h, n, m, l, w, y, ” (筆者注:ha類のa) の前にも現れる。NT(筆者注:南天竺國菩提達磨禪師觀門 P. tib. 1228)にはとりわけ多い」(高田 昭和63:55 原注2)ことから添前字の’aはもとすべての基字に前接し、鼻音Nを表わしたのではないかと考えることができるでしょう。
次に添後字’aを考えます。9世紀初頭に添後字’a の廃止によって、旧綴語sa’(「地」)は添後字’aを伴わずにsaのように綴られる(稲葉 昭和54:23,67)ようになりました。そこで添後字’aの現代の発音がaであることから、発音saがsaに変化したためにその綴りがsa’からsaに変ったと考えることができるでしょう。
次にサンスクリットの長音を転写するための基字の下に書く’a(a chung)(3)について考えます。「王」(o:)の英語綴りがohと綴られるのは母音oのあとに気音hが続くとその聞こえが長音o:に似ることを利用したものでしょう。そこで「王」と同じようにサンスクリットの長音kをkahとみて、そのkahを写すためにkaに a chung(’a)を添加したのではないかと考えることができます。そしてこの考えが正しければ基字の下に書かれた’a字は気音hに似た音であったと推定できます。
ここまでの考察によって添前字’aを鼻音Nに、添後字’aを有声声門摩擦音(//)のに、またサンスクリットの長音転写用としての’aを気音h(無声声門摩擦音/h/)に推定することができるでしょう。しかしこのように古代の’aの音をNやh/であったと考えると、’aの古音はなぜこのように違っているのでしょうか。hとは無声音と有声音の違いと考えられますが、それらと鼻音Nとの関係はどのように考えればよいのでしょうか。
この問題を解くために、次はtsheg()の問題を考えることにします。
3.shad(l)の前のnga字にかぎりtsheg()を打つ規則とは
少々長いのですが、tsheg()の規則について、山口氏の文章から引用します(山口瑞鳳 2002:24)。
「綴り字は一語ごとに右肩に一点を打つ。これをtshegと言う。敦煌文献には上下二点を打つものがある。
ga nga ba mar me thob cha ga nga ba marme thobcha
仏教再興期以後では基字’aの前に来る字のtsheg()は省かれるが、古文では省かれない(A)。また、次に見る区切り線状のshad(l)の前でも省かれる。ただし、ngaの後では残される(B)。pa/baなどとの誤写を避けるためと言われる。敦煌文献や碑文ではshad(l)の前でtsheg()が省かれることは少ない(C)。」
*A・B・Cは下記の注のために筆者が追記した。引用文の転写ローマ字は筆者。
*gaなどの印は白丸の二点。
*ga/nga/marme/thobcha はga/nga/mar
me/thob cha と転写され、tsheg()は省かれる。
*A:たとえばsa’(「地」)が、sa’aのように表記されることをいうか(4)。
*B:たとえば一語文ngal (「私。」)のtsheg()は省略できず、khol
(「彼。」)にはtsheg()を打たない。
*C:敦煌文献の写真版をみると、「NT 南天竺國菩提達磨禪師觀門(その二・完)」では句末のshad(l)のまえにはtsheg()はみられず、「DA 道安法師念仏讃」ではtsheg()がみられます(ともに高田 昭和63:432,433)。
上の引用と注でわかるようにチベット語の綴りには「shad(l)の前のnga字にかぎりtsheg()は省略されない」という規則があります。ではなぜnga字にかぎってtsheg()を省略できずに打たなければならないのでしょうか。この不思議な規則の謎を解きたいと考えて20数年が過ぎました。最初tsheg()の役割は分かち書きのためのものと考えました。しかしtsheg()を分かち書きのための符号と考えると句末には分かち書きのための符号は必要がないと考えられ、nga dang l (「私と。」)ではなく、nga dang l となるのではないでしょうか。このように考えてくるとtsheg()は分かち書きのための符号ではないと考えられます。その後tsheg()は発音に関する符号で、ある種の微細な音をあらわそうとしているのではないかと考えました。そこでtsheg()を打たなければならない字母がnga字にかぎるという規則からその微細な音は子音k, t, pや鼻音m, n, ngではなく、鼻母音(鼻音化母音)ではないかと考えました。もしtsheg()が鼻母音を表わすための符号であれば、両唇鼻音のmや歯茎鼻音のnにくらべて、軟口蓋鼻音のngの鼻音性が残ってもおかしくないと考えると、tsheg()はngの鼻母音性(鼻母音 )を表記したと考えることができるでしょう。このtsheg()が鼻母音性を表わすための符号であるというアイディアはなかなかよいと思ったのですが、問題点があります。
その問題点を次にみていくことにします。
4.サンスクリト転写用の鼻音・気音・長音符号を考える
チベット語にはサンスクリットを写すための文字や符号が色々あります。そのなかでサンスクリットの鼻音・気音・長音をチベット語に転写するための符号は次のようなものがあります(山口瑞鳳 2002:9-10)。
サンスクリット |
チベット語 |
||
符号 |
綴り(転写) |
符号 |
綴り(転写) |
鼻音化符(anunsik):を上部に添加 |
ka |
印を上部に添加 |
ka |
鼻音符(anusvra):小点()を上部に添加 |
ka |
小丸点(o)を上部に添加 |
ka |
気音符(visarga):右側に:印を添加 |
ka |
印を右側に添加 |
ka |
長音符:左右・上下に長音符を添加 |
kなど |
’a chungを下部に添加 |
ka’aなど |
*サンスクリットの鼻音化符は鼻音化母音(鼻母音)を表わす符号()で、「元々は半母音, 歯擦音などの前に現れる鼻音を表わす」(土井 昭和50:341)鼻音符号()とは異なる。
*サンスクリットにおいて、「一般に, 語末にのみあらわれる (visarga)は無声である」(風間 1989:127)。
上表からわかるようにチベット語にはサンスクリットの鼻母音(鼻音化母音)や鼻音を転写するための符号(それぞれと)があることがわかります。そこでtsheg()の役割がngaの鼻音性(鼻母音)をあらわすものなら、チベット語ではngaに鼻音化符()をつけて、ngのように表記することができたと考えられます。またチベット語には鼻音m, n, ngを表記する字母もあるので、ngam(選択接続辞)、ngan pa(「邪悪な」)やngang pa(「白鳥」)のような語末鼻音を持つ音も表記することができます。このように考えてくるとtsheg( )は鼻母音や鼻音をあらわすものではないと考えられます。ところで前節で「道安法師念仏讃」(高田 昭和63:433の写真)などの敦煌文献や碑文ではnga字以外の語末にもtsheg()がみられ、shad(l)の前でtsheg()が省かれることが少ないことから、shad(l)の前でtsheg()が省かれるほうが新しい表記であると考えることができるでしょう。そして鼻母音や鼻音でもなく、nga字にかぎりtsheg()を省けない、つまり打たなければならない微細な音として気音を思いつきました。しかしチベット語にはサンスクリットの気音をあらわす気音符()があり、敦煌文献ではtsheg()のかわりに使われています。そこでtsheg()はもとサンスクリットの気音をあらわしていて、上下小丸二点()から右肩に一点の現在のtsheg()に変わったと考えてみることができるでしょう。そして古音に存在したその気音は文字制定時においてng(a)音にかぎって残っていて、他のすべての音にはその気音はすでに消失していていたと考えると、「shad(l)の前のnga字にかぎりtsheg()は省略できない」という規則をうまく解釈できます。そこで気音を無声声門摩擦音h、添後字 ’aを有声声門摩擦音と考えなおすと、「shad(l)の前でnga字にかぎりtsheg()は省略できない」規則と古文にみえるsa’の綴りの変化は次のように考えることができるでしょう。
例 |
綴り |
発音 |
備考 |
nga |
nga→nga |
ngah→ngah |
のちngaに変化 |
sa |
sa→sa |
sah→sa |
|
sa’ |
sa’→sa |
sa→sa |
上の考えはなかなか良いと思われるのですが、やはり問題があります。なぜなら上表でわかるように旧綴語sa’は添後字’aが消失してsaになっている(稲葉 昭和54:67)ので、sa’→saとsa→saの綴りの変化、つまりsa→saとsah→saの発音の変化の違いはどのように考えるべきでしょうか。また第2節で添前字 ’aは鼻音Nに、添後字 ’aはに遡ると考えたので、鼻音Nとの関係はどのように考えるべきでしょうか。
そこで添後字’a で表記された音はどんな音だったのか、次にこの問題を考えることにします。
5.チベット語の添後字を考える
基字のあとに添接される添後字にはga, nga, da, na, ba, ma, ’a, ra, la, saの10種、それらの添後字のあとに再添接される再添後字にはdaとsaの2種があります。そこで基字に添後字daが添接されるときは-d、再添後字daが添接されるときは=dのように表記すると、添後字に再添後字を添接する規則は、次のようにあらわすことができます(山口瑞鳳 2002:22)。
添後字 |
ga |
nga |
da |
na |
ba |
ma |
’a @ |
ra |
la |
sa |
|
再添後字 |
da |
-n=d |
-r=d |
-l=d |
|||||||
sa |
-g=s |
-ng=s |
A |
-b=s |
-m=s |
B |
*再添後字「daは特に「da強勢」(da drag)と名づけられる。しかしdaは第9世紀初頭の新譯時代に入って廢せられて」(稲葉 昭和54:75)います(5)。
*下線で示した添後字da, na, la, saは2重母音化を起こす(→第8節)。
*@添後字 ’aは「敦煌文献や碑文にみられるだけで、今日では存在しない」(山口瑞鳳 2002:23)。たとえばsa’ (「地」)→sa。しかし添後字’aを省略すると、基字がまぎれるときは省かれない。dga’ (「歓喜」)とdag (複数辞)。
*A「再添後字sは男性添後字dに添接せられないと文法家は説いてゐる。」(稲葉 昭和54:77)。
*B「添後字sの後に再添後字sが添接せられて, sが重複することは絶對にない」(同書:77)。
そこで上表にみられる再添後字daとsaの分配関係と注ABの古文法家の教えから再添後字daとsaは相補関係にあるとみることができます。ところで ’da’(「過ぎる」)の過去形 ’dasは古文で、「 ’da’s (’da’+s ) (改行) といふ綴りが見られる」(稲葉 昭和54:76)ことから添後字 ’aの消失を、またphyind(「行く」の旧綴語)が新綴語でphyinと書かれることから再添後字daの消失を考えることができます。
そこで通説では次のように添後字 ’aや再添後字daの消失を考えています(同書:76-7、西田 1989:758、山口瑞鳳 2002:23,178)。
記録に残る、あるいは推定される変化 |
現在の綴り |
||
添接規則 |
添後字’aのあとは再添後字sa |
’da-’a=s→’da-φ=s |
’das |
再添後字daの消失 |
bstsa-l=d@→bstsa-l=φ |
bstsal |
|
添後字daのあとは再添後字sa |
bya-d=s→bya-φ=s |
byasA |
|
連声規則 |
添後字daの後はkyan、raの後はyang |
tsha-r=d kyan→tsha-r=φ yan |
tshar kyangB |
添後字daの後はkyis、laの後はgyis |
bstsa-l=d@ kyis→bstsa-l=φ kyis |
bstsal kyis |
*記録に残る、あるいは通説により推定されている添後字と再添後字を下線で示した。φ:消失。
*@「stsol-baの過去形で, 名詞(bka’ bstsaldの原注は「ご指教」)として使われている。この末尾の-dは,
9世紀以後消失したが, 過去指標の接尾辞であり, 後代まで書写面で残される-sと相補関係にあった」(西田 1989:758)。
*Abyed pa(「なす」)の過去形(稲葉 昭和54:77)。推定される再添後字saは過去時制の標識(次項)で、「このやうな例は母音に終る動詞の過去形に極めて多い」(同書:77)。
*B山口瑞鳳 2002:23,178。yangとkyangはどちらも「も」「また」、tshar kyangは「終わっても」の意。
このように通説では添後字’a や再添後字daの消失が推定されていますが、添後字naとda, ’a, saのあいだには、次のような関係が見られます。
添後字なし(-φ) |
添後字da(-d) |
添後字na(-n) |
添後字 ’a(-’a) |
添後字sa(-s) |
bod(チベット) |
bon(ボン教) |
|||
gci(小便する) |
gcid(小便する) |
gcin, gcin pa(小便) |
gcis(p.of gcid) |
|
za(食べる) |
zan(食べ物) |
bza’(f.of za, 食べ物) |
bzas, zos(ともにp. of za) |
|
sha(肉) |
bshan pa(屠殺者) |
bsha’(屠殺する) |
bshas(p. of bsha’) |
*f.:未来形。p.:過去形。φ:無端語(mtha’ med:母音おわり)。
上表からチベットの仏教移入以前の古い宗教であるbonとそのbonの影響を受けているbodの違いは添後字naとdaの違いに反映されているのがわかります。また名詞形のgcin paとbza'には添後字naと
'a、動詞現在形gcidとbsha’には添後字da/’a、また過去形ではsaが表われていて、添後字na/da/’a/saは語義の違い(名詞形や動詞現在形と過去形)に反映しているのがわかります。たとえば上の例のbonとbodの添後字naとdaが語義の違いに反映しているとして、では添後字naとdaの関係はどのように考えればよいのでしょうか。
そこでこの難しい問題を解決するために、「「濁音」というのは鼻音結合(nasal
combination, ドイツ語Nasalverbindung)に由来する」(村山 1981.5:156-7)」(6)という考えを援用して、添後字daを濁子音dと考える通説を捨て(7)、添後字naと再添後字taの鼻音結合-n=tであると考えてみます。そうすると上表のbonとbodなどは次のように解釈することができるでしょう。
*名詞形
綴り(意味) |
推定形 |
綴り(意味) |
bon(「ボン」) |
bo-n+t |
bod(「チベット」) |
gcin(「小便」) |
gci-n+t |
gcid(「小便する」) |
sha-’a→sha-φ |
sha(「肉」) |
*動詞形
現在形(綴り) |
過去形(綴り) |
意味 |
gci-’a→gci-φ(gci) |
gci-’a=s→gci-φ=s(gcis) |
小便する |
gci-n=t(gcid) |
||
bsha-’a(bsha’) |
bsha-’a=s→bsha-φ=s(bshas) |
屠殺する |
*φ:添後字’aの消失。
上のような変化を考えると、現在形は-n=t/-’a=φ、過去形は-’a=s形式であったと考えることができます。そこで現在形が-n=t(再添後字da)、過去形が-’a=
s(再添後字sa)であらわれるので、tからsへの摩擦音化(t→s)を考えると、再添後字daとsaが相補関係にあることをうまく説明することができるでしょう。しかし現在形と過去形をそれぞれ-n=t/-’a =sと考え、現在形tと過去形sの対立が見られると考えるのは良いとしても現在形にはgci-n=t(gcid)と(gci-’a→)gciの二語がみられるので、添後字はnaと’aを仮定しなければならなくなります。また第2節で ’aの古音として鼻音Nと/hを推定したので、’aの古音との関係も問題になります。
そこで ’aの古音と添後字na/’aの関係を解きほぐすための鍵となる再添後字saについて、次に考えることにします。
6.チベット・ビルマ語派の過去時制標識-sを考える
チベット・ビルマ語派には過去時制標識sがあった(8)と推定されています(ともに西田 1989:807,808)。
「過去時制の指標として, チベット・ビルマ祖形に *-sがあった。この形式は, 漢語の‘巳’(zg>i:) にあたる形で, おそらくシナ・チベット祖語形にまで遡りうる形であろう。そして, この-sは, 相当広い範囲でチベット・ビルマ語に伝承されてい」て、「過去時制表示のほかに, 動詞語幹を名詞化するはたらきと, 体言とつなぐ修飾的な役割があった。」
たとえば上の機能をもつ-sがみられる例を、次にいくつかあげてみます(同書:808)。
過去時制 |
こと化 |
|
トゥルン語 |
bri 55-sa 55(「書いたもの, 書いたところの」) |
|
ki 55-b 55(「食べた」) |
ki 55 sa 55(「食べるもの」) |
|
st 55-b 55(「殺した」) |
||
チベット文語 |
bris (bri-ba(「書く」)の過去形) |
|
ビルマ文語 |
sat-pri(「殺した」) |
rei-sa2rei-s(「書いたところの」) |
a-si2 mra3-sa(「果物が熟す」) |
||
カチン語 |
nam31-si 31 mjin 33-sai 33(「果物が熟した」) |
*過去時制とこと化(動詞語幹を名詞化するはたらきと体言をつなぐ修飾的な役割をあわせた表現として)の標識は下線で示した。
*チベット文語のbri-baのは添前字’a。
*前節のチベット語(gci-’a→)gci(「小便する」)の過去形gcisの変化はgci-’a+s(過去時制接辞)→gci-φ=sと考えられ、gci-’aが語基とみられます。
*トゥルン(独龍)語:「中国, 雲南省南部からビルマのカチン(Kachin)州にかけて広く分布」(西田 1989:1278)し、チベット・ビルマ語派チベット語群に属する。
*カチン語(景頗(チンポー)語:「ビルマの北部カチン州からインドの東北アッサム州と中国雲南省の西南部にわたる広範囲の地域に分布するカチン族の言語」(西田 1988:1176-7)で、チベット・ビルマ語派に属する。
またチベット・ビルマ語派に属するロパ語・ダフラ語・アパタニ語やギャロン語などには動詞形と名詞形の違いが次のようにみられます(それぞれ西田 1992b:1064, 同書:1062, 同書:1061,1062, 西田 1989:813)。
動詞形 |
名詞形 |
|
ロパ語 |
do: (「食べる」) |
@ |
ダフラ語 |
doto(「食べる」) |
dosa(「食物」) |
binto(「話す」) |
binsa(「話」) |
|
アパタニ語 |
lusa(「遠くで話す」)A |
|
o bito/o bite(「私は(何かを)与えた」)B |
||
ギャロン語 |
ka-pkap(「ふたをする」) |
ta-pkap(「ふた」) |
チベット文語 |
bkab(’gebs-pa(「ふたをする」)の過去形) |
|
za(「食べる」の現在形)、zas, zos(「食べる」の過去形) |
*ロパ(珞巴
lho pa)語は「中国, チベット自治区の東南部, ヤルツァンポ(雅魯蔵布=ブラフマプトラBrahmaputra)が大きく湾曲し, まっすぐに南下していくあたり」に住む民族で、「ダフラ語(Dfla)にきわめて近い言語」(ともに西田 1992b:1055)。
*ダフラ語:インドの東北端アルナチャル・プラデーシュ(Arunachar Pradesh)州に住む部族の言語で, 同地域のアボル語(Abor), ミリ語(Miri)とともに, チベット・ビルマ語派の北アッサアム語群を構成する有力言語である」(同書:1055)。
*アパタニ語:「ダフラ語の1つ」で、「アルナチャル・プラデーシュ州スバンシリ県」(ともに同書:1056,1055)などに住む民族。
*@名詞派生接辞saに「対応する形式がロパ語には記録されていない」(同書:1062)。
*A「-saは,
その動作が話し手・聞き手の場面よりずっと離れた場所で行なわれたことを示している」(同書:1062)。
*B非近接過去の1人称の場合、toはその行為が「発話している場所の近くで」、またteは「発話している場所から離れたところで」なされたとき使われる(ともに同書:1061)。
sumu
*ギャロン(嘉戎 rGya-rong)語:「中国, 四川省西北部, 阿覇(Aba)蔵族自治州の南, 羌族居住地域の西隣りで話される, チベット・ビルマ系の言語」(長野 1988:1385)。rnga pa(阿覇 ガパ)。
このようにダフラ語では接尾辞saとtoで名詞形と動詞形を、ギャロン語では「ta- 対 ka- という接頭辞の対立で,
名詞と動詞を弁別」(西田 1989:813)していると考えられます。また、このような対立はポン語にも次のように見られます(同書:815)。
ka接頭辞 |
意味 |
ta接頭辞 |
意味 |
|
ポン語 |
k ya |
「かゆい」 |
t wa |
「竹」 |
ビルマ語 |
y2- |
wa2 |
*ポン(Hpon, Phon)語:「ビルマ(現ミャンマー)北部, カチン(Kachin)州のシンボウ(Sinbo)とバモー(Bhamo)のあいだのイラワジ川(Irrawaddy)流域で話されて」いたとされ、「チベット・ビルマ語派ロロ・ビルマ語群,
ビルマ語群系(Burmish)に属する言語」(藪 1993:341)。
*k/tの「分配は, ちょうどチベット文語における接頭辞g-, d-と初頭音の分配関係を連想される」(西田 1989:814)。
そこで上の動詞形と名詞形の対立は古く動作性と状態性の対立に遡ると考えると、動作性と状態性の対立はt対s(←t:摩擦音化)で、またより古くはkとtであらわされていたと推定(9)することができるでしょう。そこでタマン語(西 1989:664)やモンパ語(陸 2002:369,369,375,360,372)をチベット語と比較することで、動作性と状態性の対立がチベット語にもみられることをみてみることにします。
動作性 |
状態性 |
|||||
「賃金」 |
「道」 |
「する」 |
「手」 |
「仕事」 |
「任務」 |
|
タマン祖語@ |
*gyam2A |
*hl1a1- |
*hyaa1 |
*gyat2 |
||
タマン語 |
kyam4 |
la1-B |
yaa1 |
(gyat) |
||
モンパ語C |
la53 pho53 |
lem35ta55 |
ja35 |
la53 |
ln35 gen55 |
|
チベット文語 |
gla( phog) |
lam |
le・liD(las) |
lag( pa) |
las( ka) |
las ’gan |
*タマン祖語:ネパールに住むタマン族・グルン族・マナン族・タカリ族の母語である、チベット・ビルマ語派タマン語群に属するタマン語・グルン語・マナン語・タカリ語の祖語(西 1989:654-6)。
*モンパ(mon pa)語:「中国, チベット自治区の東南部にある墨脱(モートー)県、林芝(リンチー)県から、インドのアルナチャル・プラデーシュ(Arunachar Pradesh)の西部地域にかけて分布する1つの言語群」(西田 1989:1017)で、チベット・ビルマ語派に属する言語。インドではアルナチャル州タワン(rta dbang:達旺)地区のタワン語、ディランで話されるディラン語(Dirang)、また中国西藏自治区山南(lho kha)地区では錯那(mtsho sna)県などに住むモンパ族の母語であるツオナー・モンパ(錯那門巴、mtsho sna)語、また墨脱県・林芝県などに住むモンパ族の母語であるツァンロ・モンパ(倉洛門巴, Tsangla)語などがある(同書:1017-8)。
*@西 1989:664,656。
*A「「道」 タマ祖 *gyam2 (cf.
STC *lam)」(同書:656)。
*Bタマン語・グルン語・マナン語・タカリ語の「する」はそれぞれla1-(リシャンク方言とサフ方言は同形)・la1-・l1-・l1-(同書:664)。
*C中国語「工資」「路」「手」「做」「任務」(それぞれ「賃金」「道」「手」「する」「任務」の意)の各語に対するモンパ語(麻瑪土語(「方言」の意)と達旺土語は同形)訳(陸 2002:369,369,375,372)。
*D中国語「做」(「する」の意)に対するチベット語(アムド夏河方言と紅原方言)(華 2002:272-3)。
ところで上の比較からタマン祖語の*gyam2とチベット文語のlam(「道」)が対応しているのがわかります。そこでタマン祖語の*gyat2をg-ia+t(名詞化接辞)と考えると、g-ia+t→gyat(「仕事」)の変化から*gyat2はチベット文語のlas(las
ka 「仕事」)やモンパ語の(ia→)ja (「する」)に対応すると考えることができます。そしてチベット語のlag(lag pa 「手」)とlasをそれぞれla-=kとla-’a=sと考えることによって、lagとlasを動作性(-k)と状態性(-s)の対立ととらえることができ、その対立は「(動く)手」と「(動いた結果としての)仕事」にあらわれているとみることができるでしょう。このように再添後字daとsaを-n=tと-’a=sと考えることによって、それらの綴りの違いを動作性と状態性の違いとして解釈する道が開けてきました。しかし再添後字daを濁子音dと考える通説を捨て、代わりに-n=tと考えることによって新しい道がみえてきたのですが、上例やgci-n=t(「小便する」)とbza-’a(「食べる」)にみえる添後字naと’aの違いはどのように考えればよいのでしょうか。
そこでこの問題を解くために「shad(l)の前でnga字にかぎりtsheg()が添加される規則」を次に考えることにします。
7.tsheg()の古音を考える
チベット語の現在形の語尾が添後字naと’aであらわれる問題を解くためのヒントがムピ語の語末音にみられます。そこでチベット・ビルマ語派に属するムピ語・サンコン語とビルマ語・チベット語の「黒い」を、次に比較してみます(西田 1993:364)。
ムピ語 |
サンコン語 |
ビルマ文語 |
チベット文語 |
意味 |
na3 |
nda 33 |
nak- |
nag po |
黒い |
*ムピ(Mupi)語:「中国雲南省西双版納から, タイのチェンライ県ポン(Pong)郡チョット(Jod)町, スウア・クウーン(Suea
Kuen)村に移住したと伝えられる」民族の言語で、「チベット・ビルマ語派ロロ・ビルマ語支のうち, ビス語群に属する1言語であり, ビス語およびプノイ語に近い」(ともに同書:362, 3)。
*サンコン(Sangqhong、桑孔)語:「中国, 雲南省の東南部, 西双版納族自治州景洪県の一角で話され」、「チベット・ビルマ語派, ロロ・ビルマ語支, ハニ語群の中のビス語群」(ともに同書:166)に属する。aは緊喉母音。
上の比較から「ムピ語の-V 形式が, サンコン語の緊喉母音に」(西田 1993:365)、またビルマ語のkとチベット語の添後字gaに対応するのがわかります。そこで「祖形の*-akに対応するムピ語の一部は, 末尾音を鼻音化」(同書:364)しているとみることができます。またツァンロ・モンパ語では「末尾子音に声門閉鎖音をともなう-a,-an,-er の3つの形が記録され」ていて、「少数の単語に限って現われるが, 中央モンパ語の-angk, -ampの形に該当する」(ともに西田 1989:1019)そうです。そこでチベット文語の添後字がツァンロ・モンパ語で鼻音、中央モンパ語で-ngk, -mpに対応している例を、次にあげてみます(同書:1020,1026)。
ツァンロ・モンパ語 |
中央モンパ語 |
チベット文語 |
langk-ma(「(馬に)乗ること」) |
bslangs |
|
lam 55(「学ぶ,教える」) |
lamp(「読む」) |
slob-(「学ぶ,教える」)/bslabs(「学習した」) |
lok 55(「読む」) |
klog-pa |
|
mi 13(「眼」) |
mig |
|
kham 55(「針」) |
khab |
|
kan 55(「声」) |
skad |
*中央モンパ語:インドアルナーチャル州カメン地区ディランで話される言語で、中国内のツァンロ・モンパ(倉洛門巴)語やツオナー・モンパ(錯那門巴、mtsho sna, Tshona Monpa)語と同語群の言語(→前節の注)。
*残念なことに西田氏はツァンロ・モンパ語-aに対応する中央モンパ語の実例を紹介されていません。
そこで「眼」とチベット・ビルマ語祖形の*-akの各言語の対応をみてみると、次のようになります。
倉洛門巴(ツァンロ・モンパ)語 |
中央モンパ語 |
チベット文語 |
ビルマ文語 |
ムピ語 |
サンコン語 |
|
「眼」 |
mi 13 |
mig/’bug@ |
myakA |
|||
*-ak |
-aB |
-angk(-ak)B |
-angk(-a-=k) |
-ak |
-a |
-a |
*@dmyig→myig→mig(mi 51下降型:上書:758)。また’bugは『千字文』(P. tib. 1046 (P. ch. 3419))にみえる「目」(中古音muk)の蔵訳音(高田 昭和63:416)。
*A西田 1989:804。
*B上の「黒い」の比較や西田氏の考察から*-akに対応するツァンロ・モンパ語と中央モンパ語形を推定(10)。
ところで第2節で添前字’aを鼻音に、添後字’aを有声声門摩擦音に、またサンスクリット長音転写用の’aを気音の無声声門摩擦音hと推定しました。また第5節でチベット語の再添後字daを=dではなく、添後字naと再添後字taの鼻音結合-n=tであると考えました。そこで鼻音と声門閉鎖音(//) の鼻音結合、そして声門閉鎖音 が無声声門摩擦音hへ変化したと仮定すると、がhに変化したあと、そのhが有声化して有声声門摩擦音(//)に変化した(→h→)と考えることができます。そこでこのような考えからチベット語の名詞形や2重語、また動詞の現在形と過去形にあらわれる添後字na/’a/無端語、また再添後字ta/saの関係を、次のような変化の違いによると考えることができます。
*名詞形
添後字na |
綴り(意味) |
再添後字taの添加 |
綴り(意味) |
bo-n---→ |
bon(ボン) |
bo-n=t→bo-n=t |
bod(チベット)@ |
*@上のようにbonの「こと化」(t接辞の添加)を考えると、bod(「チベット」)はbon(「ボン」)なるもの、bonより生ぜしものと解釈できます。
添後字na |
綴り(意味) |
無端語(母音おわり) |
綴り(意味) |
bsha-n-→ |
bshan pa(屠殺者) |
sha-n→sha-nh→sha-→sha-φ |
sha(肉) |
mtho-n-→ |
mthon(高い) |
mtho-n→mtho-nh→mtho-→mthoφ |
mtho(高い) |
添後字na |
綴り(意味) |
添後字 ’a |
綴り(意味) |
za-n---→ |
zan(食物) |
bza-n→bza-nh→bza- |
bza’(食物) |
dma-n-→ |
dman(低い) |
dma-n→dma-nh→dma- |
dma’(低い) |
gci-n--→ |
gcin(小便) |
|
*動詞現在形
推定変化 |
綴り(意味) |
||
再添後字ta の添加 |
bya-n=t→bya-n=t→bya-i-n=tA |
byed(する) |
|
gci-n=t→gci-n=t |
gcid |
(小便する) |
|
無端語 |
gci-n→gci-nh→gci-→gci-φ |
||
za-n→za-nh→za-→za-φ |
za(食べる) |
||
添後字 ’a |
bsha-n→bsha-nh→bsha- |
bsha’(屠殺する) |
|
’da-n→’da-nh→’da- |
’da’(過ぎる) |
*A i の発芽(二重母音化)は次節。
*過去形
の添加 |
bya-n=s→bya-nh=s→bya-=s→bya-φ=s |
byas(する) |
gci-n=s→gci-nh=s→gci-=s→gci-φ=s |
gcis(小便する) |
|
za-n=s→za-nh=s→za-=s→za-φ=s |
zas/zos(食べる) |
|
bsha-n=s→bsha-nh=s→bsha-=s→bsha-φ=s |
bshas(屠殺する) |
|
’da-n=s→’da-nh=s→’da-=s→’da-φ=s |
’das(過ぎる) |
*φ:消失。添前字’aの問題は今回考えず、’で表記。
またチベット語の添後字naとムピ語の鼻音化した緊喉母音は次のように対応していると考えることができます(西田 1993:366)。
古音→現在形 |
意味 |
古音→現在形 |
意味 |
|
チベット語 |
gci-n→gcin |
|
gci-n=t→gci-n=t(綴りgcid) |
「放尿する」 |
ムピ語 |
gcin→gci→a2-to6 |
gcint→gcen→the1 |
*ムピ語の:「タイ語からの借用語を除くと, 型をとる音節は, 大部分が初頭に鼻子音をもつ。」(同書:363)。n (歯茎鼻音/n/)→ (軟口蓋鼻音//)の変化を仮定。
*チベット・ビルマ語派の多くの言語にみられる接頭辞aの問題、またgcin→a2-tho6やgcint→the1への変化は今回考えません。
このように再添後字を-n=t、また添後字 ’aの古音を と想定し、→h→→φ(消失)の変化を仮定すると、チベット語の動詞現在形の添後字naと’aの交替、現在形と過去形の再添後字daと添後字saの交替やdmanとdma'(「低い」)やmthonとmtho(「高い」)などの2重語における添後字naと'a/無端語との交替をうまく説明できます。
さて上で添後字 ’aの古音をと想定したのですが、この古音を疑問であったtsheg()の音と考えなおし、→(m→n→→(口蓋垂鼻音))の変化を仮定すると、la(「山」)とnga(「私」)の変化を、次のように考えることができます。
laの古音 敦煌文献 添後字’a 添後字’aの消失 |
||
転写 |
チベット文語 |
la----------------------→la’----------→la |
敦煌文献 |
la----------→la |
|
発音 |
la---------→lah------→la-----------→la |
*サンスクリットの長音lはチベット語のla'aで転写される。
*gaは敦煌文献でga の表記(→3節)が見られますが、laがみられるかは不明。
ngaの古音 声門閉鎖音(/ /)の消失 鼻音()の消失 |
|
転写 |
nga-----------------------------------nga |
発音 |
nga-----------→nga---------------→nga |
*@添後字nga(=)の変化も同じ。
上laとngaの比較からわかるようにlaがla に変化したのに対してngaでは口蓋垂鼻音( )が残ったため、その鼻音を表記するために「shad(l)のまえのnga字のみtsheg()を打たねばならない規則」が生みだされたと考えることができます。そしてそのngaに遅くまで残っていた鼻音 もその後消失し、現在では語末以外のtsheg()は語点(分かち書き)として機能しているとみられます。
ここでtsheg()の音から第2節で考えた’a字の音への変化をみておきます。
からの変化 |
備考 |
|
基字 ’a |
a→ha→a |
声門閉鎖音 の摩擦音化と口蓋垂鼻音へ、その後h の有声化 |
添前字 ’a |
→m,n |
声門閉鎖音の消失 |
添後字 ’a |
→h→(→φ) |
基字 ’aに同じ。添後字 ’a () は一部を除き、消失 |
a chung(’a)@ |
h |
h(符号)でもなく、 (添後字 ’a)でもない気音h |
*h:無声声門摩擦音(/h/)。:有声声門摩擦音(//)。 :声門閉鎖音(//)。:鼻音(m→n→→→~ (鼻母音化))。m:両唇鼻音(/m/)。n:歯茎鼻音(/n/)。:軟口蓋鼻音(//)。:口蓋垂鼻音(//)。φ:消失。
*@サンスクリットの長音転写用。
さてここまで不問にしていた添後字da, na, sa, laの前に i が添加され二重母音化を起こす理由を次に考えることにします。
8.チベット語の二重母音化を考える
添後字da, na,
la, saをもつ語の発音は次のようになっています(西田 1989:755)。
添後字 |
例 |
発音 |
意味 |
|
カム方言 |
da |
bshad |
x 53 |
言う |
na |
zan |
s 13 |
小麦粉のダンゴ |
|
la |
thal |
the 55 |
行った |
|
sa |
skas |
k 55 |
梯子 |
|
ラサ方言 |
sa |
las ka |
l:ka |
仕事 |
*上のように2重母音化するのは10種ある添後字のなかのda, na, la, sa(下線)の4つのみ。
*チベット語カム方言では「-n,-dに先行する母音は,
-a→-e, -e→-ei, -u→-, -o→-の変化をたど」り、「-l、-sに先行する母音は, -al→-e, -as→-, -u→-u, -o→-, uの変化をたど」(同書:755)ります。
そこでこのような変化は添後字「-n, -d, -s, -lの前で, a, u, oの母音が二重音化したと推定する方が, 全体の推移に対して統一的な解釈を与えることができ」(同書:755)(11)るでしょう。ところで第6節で語基la (「する」)に添後字sa(「こと」化接辞)が添加されることでlasの語(las ka:「仕事」)ができたと考えました。ところで「知らない」が若者によって「知らねー」と発音されるようにアイからエーへの変化は世界中の言語にみられるごくありふれた変化なので、この変化をラサ方言のlasに考えてみます。そうするとlasからl:への変化はlaに i が添加され、las→lais→l:s→l:のような変化が起きたと考えることができるでしょう。では、このlas→lais→l:s→l:の変化を起こす i はいつ、どんな理由でlasに添加されたのでしょうか。
この難問を解くためのヒントが尾崎氏の「資料はいつも孤獨である」という小文にあり、次に引用してみます(尾崎 昭和55:@)。
「大相撲の呼出しは東方の力士を、ただ「ヒガアシ」と呼び出していると思ってはいけないので、その氣になって聞いて見れば、それは實は「ヒガアイシ」なのであることがすぐにわかるだろう (改行後、一部省略) 「ヒガア……」のガの部分の母音をかりにaであるとすると、そこからイに到るつなぎとしてアであらわされた部分は、實はa→a→→eをかなり急に駆けぬけてイ、すなわちi に行き着く忙しい舌の動きである。」
上の文章から尾崎氏は「ヒガシ」のガのあとにイが添加されて「ヒガアイシ」のように聞きなされると述べられています。そして同じような例として子供たちの「ジャンケンポン」が「ジャイケンポン」にも聞こえることや「羅城(らいせい)門」の「羅城」(らいせい)のもとは「らせい」であろうことなどをあげられています。実際、「ジャンケンポン」の言葉を自然に口にだせば「ジャイケンポン」なのですが、発音を観察しようとすると、つまり観察と言う気持ちが働いたり、あるいは息をつごうとしたり、力んだりといった何かが私にあると、とたんに「ジャンケンポン」になってしまいます。そこで尾崎氏は「ジャンケンポン」が「ジャイケンポン」に聞こえるのは「事情を知られずに唱えられるという條件が必要なようで」(同書B)あると考えられました。たしかに「口の開きが最も狭い母音をもつ次のシに引かれ」(同書A)れば、「ヒガシ」の「ガ」には音声学的な理由なしにイが添加されて、自然と「ヒガアイシ」になると考えられそうです。またチベット語のlasの場合もaのあとにsがあり、母音aのあとにi が自然に添加されてlaisになり、その後laisが(l:s→)l:になったと考えられそうです。しかしさきほどみたようにチベット語の二重母音化は「添後字-n, -d, -s, -lの前で, a, u, oの母音」に起きていて、多種多様な母音と子音のあいだに起こっています。このように多種多様な母音と子音のあいだに起こる二重母音化を自然に起こるものと考えるには少し無理があるのではないでしょうか。そこでチベット語の二重母音化は何か理由があって起きたと考えると、チベット語の場合は音声学的な何かの理由でsの前に i が添加され、日本語の「ヒガシ」の場合は音声学的な理由なしにシの前にイが添加されたと考えることになるでしょう。しかしこのようにチベット語の場合には音声学的な理由を、日本語の場合には音声学的な理由無しにといった場当たり的な考えはやめ、「結果があれば、そこには原因がある」と、i 音の添加(発芽)には何か音声学的理由があると考えてみます。ところでこのような不思議なi 音の発芽(添加)と反対の現象が日本語に見られます。たとえば「キジの声は「ケイケイ」から「ケンケン」へ推移した」(山口仲美 1989:171)ように犬の鳴き声の「ケイケイ」から「ケンケン」、人の泣くさまの「オイオイと」が「オンオンと」、また不機嫌ななさまの「プイと」と「プンと」(すべての例は同書:172)などのように、中世頃よりイからンへの変化が起こっています。またこのイ→ンの変化は「猜拳」(現代北京語ciqun:「ジャンケンをする」の意)(12)が中世頃日本に移入され、その後「ジャイケン」が「ジャンケン」に変わったと考えることができるでしょう。このようにキジの声や中国語「猜」(中古音tshi)の「イ」が中世以降に「ン」にかわるのはイとンの口の閉じ具合や舌の位置が近いという音声学的な似かよりによるものであると考えることができます。そこでチベット語の2重母音化を起こすもとになった i 音の発芽(添加)の原因も鼻音Nが i に変化したたためと考え、その鼻音Nはtsheg()の音 に遡ると考えてみます。するとチベット語のlas ka(「仕事」)のlasの変化を、次のように考えることができるでしょう。
声門閉鎖音 / の消失 i の発芽 2重母音化 sの消失 |
|
転写 |
(lasa-----→)las-----------------------------------las |
発音 |
(las----→)las-----------→lais-------→l:s------→l: |
上のlasはlasのaとsのあいだにある口蓋垂鼻音が i と音声学的に近いためにaからを通ってsに至るa→→sの音声的発現がa→i→sとなり、i が発芽され、その後lais→l:s→l:の変化が起きたと考えることができます(13)。
最後になりますが、ひとつ問題が残っています。前節でlaのtshegの音が h→と変化したあと (添後字 ’a )が消失し、laがlaに変化したと考えたのですが、現在でもlaの表記にtsheg( )がみられるのはなぜでしょうか。この疑問を解決するためにtsheg()の役割のひとつはtshegの音を表記するため、もう一つは語基または語の切れ目をあらわす分かち書きのための語点と考えてみます。そこでtshegの音の表記には * 印を、語点の表記には + 印を、またtshegの音から変化した音 hの表記には印(敦煌文献)を使用すると、la の変化は次のように考えることができます。
旧綴り |
(la*+------------→)la’+-----→la+ |
敦煌文献 |
(la*+---→)la |
発音 |
la-----→lah---→la-------→la |
*gaは敦煌文献でga の表記が見られます(→3節)。そこで以下、これらの変化を(la*+→la→)la’+→laのようにまとめます。
また句点であるshad(
l )で終わるときは語laには分かち書きのための語点が必要でないと考えられ、語点なしであることを
= 印で表わすと、la lは la*+ lではなくla*= lと表記でき、la lへの変化は次のように考えることができます。
(la*= l---→la= l---→)la’= l--→la l |
|
発音 |
la-----→lah-----→la-----→la |
ところで上でtsheg()の役割をtshegの音 と語点の二つを考えたのですが、そうではなく語(基)と語(基)のあいだにあった 音が口蓋垂鼻音に変化したことによってtsheg()の役割が 音の表記から語点やng(a)字に残存したの表記にかわったと考えるほうが自然でしょう。
そこでこの考えは以下のように示すことができます。
la |
(la*-----→la----→)la’+-----------→la+(la) |
la l |
(la*= l--→la= l--→)la’= l-----------→la= l(la l) |
発音 |
la-----→lah --→)la-------------→la |
las |
(la*s*-----------→)las’+-----------→las+(las) |
las l |
(la*s*= l---------→)las’= l----------→las= l(las l) |
発音 |
las----------→las-→lais-→l:s-→l: |
nga |
(nga*-----------→)nga*------------→nga*(nga) |
ngal |
(nga*= l---------→)nga*= l---------→nga*= l(nga l) |
発音 |
ng(a)----------→ng(a)-----------→ng(a) |
*ng(a)字はng(a)→ng(a)のように変化し、口蓋垂鼻音が遅くまで残たったため、その鼻音をあらわす(*印)ためにtsheg()が残った。
9.まとめ
tsheg()の音を (鼻音/N/+声門閉鎖音//)と考えると、そのは次のように変化したと考えることができます。
綴り |
tsheg() 添後字’a 添後字 ’a の消失 |
発音 |
------→h-------→-----------→φ |
*例:la→la(敦煌文献)/la’(旧綴り)→la (「山」)。
*:鼻音(m→n→→→ ~ )。m:両唇鼻音(/m/)。n:歯茎鼻音(/n/)。:軟口蓋鼻音(//)。:口蓋垂鼻音(//)。~ :鼻母音化。 :声門閉鎖音(//)。h:無声声門摩擦音(/h/)。:有声声門摩擦音(//)。φ:消失。声門閉鎖音の摩擦音化:→h。無声声門摩擦音の有声化:h→。
このように各語(基)のあとに打たれたtsheg()の音は→h→(一部残存)→φのように変化しました。そしてlaska(「仕事」)のlasの変化は語基la と添後字sa とのあいだにあったtsheg()で表記されていた から声門閉鎖音 が消失し口蓋垂鼻音 になり、その が i に変化したことで、las→las→lais→l:s→l: のような2重母音化が生じたと考えることができます。またnga字に打たれたtsheg()の音 のみは がになったあとも遅くまで残り、 音を表記していたtsheg()はその残存鼻音を表わすようになったと考えることができます。このように考えると、「shad( l )の前のnga字にのみtsheg()を打つ規則」をうまく説明することができるでしょう。そして語(基)と語(基)のあいだに口蓋垂鼻音(→) が存在したと考えると、ngatsho(「私たち」)やphyag lde(「鍵」の敬語)に鼻音から変化した鼻音化音( ~ )がみられないのにそれらの発音が [ tsho] や [thti] (:aの鼻音化母音)であることをうまく説明できます。
今回はチベット語の添後字ra/laについて考察できませんでした。この問題は次回、「上古中国語喉音韻尾の問題を解く」で考えることにします。次回更新をより良く理解するために、「「3 中古漢語の音韻」中の「韻尾-u, -uk」の項目」(平山 昭和42:152-4)、また「あとがき 二」(頼 1989:505)を読んでいただくと幸いです。
*の音が促音の発生につながっていることについてはこちら。2011.2.16追記
【注】
1.6反転字(a, ha, a, a, a, ka)や有声有気音をあらわすためのgha, jha, ha, dha, bha、また母音字の下にa chung(小さいア)と言われる’a字を書く長音表記字などがあります。
2.綴り字の改訂は3次にわたって行われた(西田 1989:748-750)が、9世紀の初めの第2次釐定(bkas bcad gnyis-pa)以前の綴りを旧綴字(brda rnying-pa)とよび, それ以後の綴りを新綴字(brda gasr-pa)と言います(同書:748)。注3のlah→l(添後字’aの消失)や注5のphyind→phyin(再添後字daの消失)にみられる変化は音韻変化を反映しています。
3.サンスクリット転写字ではなく、a chungを書く例:「la’a (la’a) la 羊毛布」(金 1983:167)。ただし、古蔵文では「lwa /laa/ sm. la ba」(la baはla snam(soft woolen cloth)に同じ)」(goldstein 1975:1108)。添後字’aの消失例:「la→l 「山」」(西田 1989:749)。
4.「monkey, spre’u bandar」(G.Tharchin 1968:260)のようにtsheg()を用いている例を唯一見つけましたが、現在の表記ではstre’u (’u は指小辞)なので、spre’uの表記は誤植か。
5.「phyin 「行く」の文語音thin 55に対する口語音thin 51は, 中古チベット語形phyindに対応するのであろうか」(西田 1989:758)。
6. ポリワーノフは「対をなす有声子音の起源は「鼻音+無声子音」という結合と関連している」(村山 昭和51:111)と、世界ではじめて連濁の起源に触れました。
7.「-b, -d, -gは, すでに無声音化して, -p, -t, -kとなっていたと思える。(改行) stag 悉諾 〔-k〕, hab 合 〔-p〕 (改行) legs 歴 〔-k〕, zg 昔 〔-k〕」(西田 1989:753)。また「bkah-bstsald-kyis kyang (改行) 「ご指教によってもまた」」(西田 1989:758)のbstsaldの再添後字daが消失しbkah-bstsalであれば、本節の連声規則によって行為者や理由・原因を示すgyis, kyisなどの具格助詞はgyisとなります。そこで連声規則のgyisではなく、「無声音(筆者注:kyis)で書かれるのは, 先行音節末尾の-dが, すでに(筆者注:消失の一歩手前である状態の)無声音[-t]になっていた」(同書:758)ためであると通説では考えられています。そこでこのような通説を受けて、中国語の入声韻尾の消失現象を「中古に於てこのp, t, kがb, d, gに變じ、更にβ, d(r), gと弱まり、つひには全く消失するに至った」(有坂 昭和32 :601)という新たな通説が生じています。しかしこの新たな通説がまちがってしまった原因は最初のボタンを掛け違うと次のボタンも掛け違ってしまうようにチベット語の添後字 ga, da, baをk, nt, mpと考えずに有声子音g, d, bと考えたことによります。
8.
チベット語の完了体にはb φ(母音終わり)とb sの二種(長野 1989:762)があります(例:’gebs(「覆う」)の過去形bkab)。このb-(添前字ba)が過去標識であることは、次のようなロパ語やツァンロ・モンパ語との比較からわかります(西田 1989:1025)。
ロパ語 |
o: ko po pa 「私は見た」 |
完成態に使われる |
ツァンロ・モンパ語 |
kot 13 pa 「見た」 |
過去(進行)形に使われる助詞 |
チベット語 |
-pa-(-pa-re, -pa-yin) |
過去時制の助詞 |
*チベット語の例:「gzhon nu 70 tsom nga tsho’i bzo grwar yong ba red」(「70人ほどの若い人たちが我々の工場に来た」)(goldstein 1975:1052)。baはpaの異形態。
9.日本語でも動作性(「もの化」)と状態性(「こと化」)の対立(-ka/-ta)がみられます。たとえばi (平ら状の)+ka→(生物の「烏賊」)とi+ta→ita(物体の「板」)。またika(烏賊状のもの)+ta→ikada(「筏」)。pada(膚状の)+ka→padaka(生体の「裸」)とmaru(丸状の)+ta→maruta(物体の「丸太」)。またpada(膚状の)+si→padasi(「裸足」)。sidu(静かな状態)+ka→siduka(動的な静かさ:「静か」)とaka(赤ら状)+ta→akada→akara(静的な赤さ:「赤ら」)。saku(咲くさま)+ta→sakuda→sakura(「桜」)やtaka(高いさま)+ta→takada→takara(「宝」)など。また(-ta→)-ra/-saの対立例:aka(赤ら状)+ta→akara(「赤ら」)とaka(赤ら状)+sa→akasa(「赤さ」)。タの連濁はta→nta→da→ra。
また疑問係助詞のカと完了・過去の助動詞のタ(←タリ←テ+アリ、テ:完了・過去の助動詞ツの連用形)を不確定/確定の違いとしてとらえなおすと、ここにも動作性(-ka)と状態性(-ta)の対立をみることができるでしょう。疑問係助詞のカについては万葉集の3人称代名詞のカ(「かの子ろと、寝ずやなりなむ」との関係が考えられ(橋本萬太郎 1981:65)」、タについては「完了(過去)の助動詞、接尾辞は、歯音か、それの口蓋化されたものとおもわれる音を、その子音としている」(橋本萬太郎 1981:121)との観察が参考になるでしょう。
チベット語のda drag(da強勢)といわれる再添後字aは上の接尾語タ(-ta)ばかりではなく、接頭語のト(t-)やタ(ta-)などの「とん+あほ」(ど阿呆)、「たん+こぶ」(たん瘤)、「手+持つ」(保つ)、「手+助く」(助ける)などにも比較できるでしょう。また日本語の「と(ん)」や「た(ん)」を南島語族(オーストロネシア語族)の接頭辞*tの「偶発的機能」「不随意性の原機能」(ともに崎山 1978:120-1)に対応すると考えると、「日本語の起源」解決への道がみえてくるでしょう。「たん瘤」の「た(ん)」(筆者注:ta )を「南祖*ta-からきたと思われる唯一の例だ」(川本 昭和55:83)と限局されたのは惜しまれます。
10.祖形をakではなくakと考えると、祖形からの各言語への変化は次の通り想定できます。
祖形akからの変化 |
|
ムピ語 |
ak-→a |
サンコン語 |
ak→ahk→ak→ak→a |
チベット文語(ag) |
ak→ak |
倉洛門巴(ツァンロ・モンパ)語 |
ak→a? |
中央モンパ語 |
ak→ak |
ビルマ文語 |
ak→ahk→ak→ak |
* :声門閉鎖音(//)。h:無声声門摩擦音(/h/)。:有声声門摩擦音(/ /)。k:軟口蓋閉鎖音(/k/)。:軟口蓋鼻音(//)。ムピ語のa:鼻音化した緊喉母音。サンコン語のa:緊喉母音。
*ビルマ語派「祖形の*-akに対応するムピ語の一部は, 末尾音を鼻音化する」(西田 1993:364)事実もakではなく、akと考えることで説明が容易になります。また梵音aを「惡」(中古音ak)で漢訳している事実(尾崎 昭和55:132)も上古以前の「惡」をakと考え、ak→ahk→ak と考える(同書:127-8)ことでうまく説明がつくでしょう。さらに金剛經(Indis Office C129(Vol. 72b+Vol. 73所蔵)にみえる「惡」字に対する蔵訳が「”ag」(高田 昭和63:386;筆者注:ag)であることもak→ak(綴りag)の変化を考えることでうまく説明がつくでしょう。チベット語nag(つまりnak)には中国語の「黒」(中古音:hk)が対応します。次回更新「上古中国語喉音韻尾の問題を解く」で、この入声韻尾消失変化の問題を考察します。
11 二重母音化はチベット・ビルマ語派に属するビルマ語にも次のようにみられます(西 1989:179)。
チベット語 |
ビルマ語 |
||
-an>-ain>-n |
mkhan>khan>khen(「する者」) |
-an>-a |
-khan2> a-khan2>a-kha2(「部屋」) |
-a>-a>-a |
rkang-pa>ka-pa(「足」) |
-a>-ai>-e>-i |
kang2>kai2>ke>ki(「百足」) |
*m:両唇鼻音。n:歯茎鼻音。:軟口蓋鼻音。:鼻母音化。
*チベット語の-n/-mは中央方言。「足」:ラサ方言。「百足」:ラングーン方言。
12.中国語の「兩」(中古音liang)には「二つ」の意味があっても、「ジャンケン」につながる意味はなさそうです。反対に「猜」(中古音tshi)には「推測してあてる」の意味があるので、「ジャンケン」の語源は「兩拳」ではなく、「猜拳」とみるのがよいでしょう。そこで中国語「猜拳」が日本に移入され、中世にtshi (イ)→tsh(ン)(:口蓋垂鼻音//)の変化が起こり、「ジャイケン」(「猜拳」)から「ジャンケン」にかわったと考えることができます。また「羅」(中古音la)の上古以前の音をla と考えると、la→la→laiと変化し、「羅城(らいせい)門」の「羅(らい)」の音が生じたと考えることができるでしょう。
13.1996.4.3(ノートNo.8)に添前字’aをCV→CV→V、添後字’aをCVn(n:鼻音)→CVng→CVのような変化を考えつきました。2010.2.16には今回の問題解決に近づくアイディア(m→n→→(口蓋垂鼻音//)→~(鼻母音)→φ、またチベット語の2重母音化を起こすi の発芽を古代助詞イと同源と考える)を思いつき、3月17日朝(ノートNo.13)にはnga字のtsheg()を声門閉鎖音()と考えるアイディアも湧きました。そして2年後の2012.4.18にim→in→i→i→→φの変化を思いついたことで、tsheg()の古音が上古中国語喉音韻尾の問題とつながっていることに気づきました。そして下旬にはi→h→→~→φ、そしてついに→h→→φのアイディアが湧き、この最後の変化を思いついたことでtsheg()の問題と上古中国語喉音韻尾の問題の両方を解決することができました。次回、「上古中国語喉音韻尾の問題を解く」を楽しみにお待ちください。
【引用・参考文献】
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土井久弥編(昭和50) 『ヒンディー語小辞典』 大学書林
藤堂明保・小林博(昭和46) 『音注韻鏡校本』 木耳社
長野泰彦(1988) 「ギャロン語」『言語学大辞典 第1巻(世界言語編 上 あ〜こ)』 亀井孝・河野六郎・千野栄一編著 三省堂
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西義郎(1989) 「タマン語群」『言語学大辞典 第2巻(世界言語編 中 さ〜に)』 亀井孝・河野六郎・千野栄一編著 三省堂
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西田龍雄(1992b) 「ロパ語」『言語学大辞典 第4巻(世界言語編 下-2 ま〜ん)』 亀井孝・河野六郎・千野栄一編著 三省堂
西田龍雄(1993) 「サンコン語」「ムピ語」『言語学大辞典 第5巻(補遺・言語名索引編)』 亀井孝・河野六郎・千野栄一編著 三省堂
橋本萬太郎(1981) 『現代博言学 言語研究の最前線』 大修館書店
平山久雄(昭和42) 「3 中古漢語の音韻」『中国文化叢書 1 言語』 牛島徳次・香坂順一・藤堂明保編 大修館書店
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村山七郎(1981) 『日本語の起源をめぐる論争』 三一書房
藪司郎(1993) 「ポン語」『言語学大辞典 第5巻(補遺・言語名索引編)』 亀井孝・河野六郎・千野栄一編著 三省堂
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頼惟勤(1989) 『頼惟勤著作集T 中國音韻論集』 汲古書院
陸紹尊(2002) 『門巴語方言研究』 民族出版社
Melvyn C. Goldstein(1975) 『Tibetan-English Dictionary Of Modern Tibetan』(Bibliotheca Himalayica SeriesU Volume 9) Ratna Pustak Bhandar, Kathmandu
追記:「更新のお知らせ」(第四十一回(2012.11.25/2013.2.12))に書いた文章は次のとおり。http://ichhan.sakura.ne.jp/notice.html#dai41kai
「ここで私的なことですが、「上古中国語喉音韻尾の問題」が解けるまでの経過を少し書いておくことにします。私は戦前にチベット入りした西川一三氏の『秘境西域八年の潜行』(芙蓉書房 1968-9)やロブサン・ランパ著の『第三の眼 : 秘境チベットに生まれて』(光文社
1957)などを読み、40年ほど前にチベットに行きたいと考えました。そのために『初心者のための独習チベット語文法』(矢崎正見著 昭和50年, 増補改訂新版1999)や 『Grammar of Colloquial Tibetan』(S.C.Bell 1977, 2nd edition)で独習しはじめたのですが、綴りと発音が乖離していることで有名なチベット語はとてもむずかしいものでした。そこでチベット人に習うのが一番と考えたのですが、その当時の私にはチベット語を習える環境にはありませんでした。それでチベット語を習うにはネパールのカトマンズに行けばいいと考え、大阪でネパール人留学生からネパール語を習いました。その後1979年に初めてカトマンズに行き、ジャワラケルのチベット難民キャンプに通い、片言のチベット語を習いました。3か月後チベット人の友人とともにインドのダラムサーラに行き、現在文部省所管「チベット人子弟の教育福祉基金」出版部門の責任者であり、「The New English-Tibetan Dictionary」(Dharamsala,
2000)の著者でもあるkarma monlam氏からチベット語の手ほどきを受け大変お世話になり感謝しています。そして毎日チベット図書館を右繞しながらチベット人から会話を習い、その後も独学で今日まで勉強してきました。ところでチベット語を習うと誰でもすぐに感じる疑問の一つに「shad(l)の前のnga字にのみtsheg()を打つ」規則があります。この規則どおりtsheg()が自然に打てるころにはその疑問も感じなくなってしまうのですが、私はこの規則の理由を知りたいと20年以上考え続けて、ついにその規則を解くアイディアを2010年2月16日朝、寝起きに思いつきました。そしてそのアイディアはHPにも書かずにずっと温めてきたのですが、サ行頭子音の問題である「須須と鳴いた雀はいま」を更新した翌日の2012年4月18日にこの規則が上古中国語喉音韻尾の問題とつながっていることに気づきました。その後4月下旬には声門閉鎖音(//)が声門摩擦音(/h/)に変化するという考えを援用し、数日後に敦煌文献にあらわれる気音符(:)と「shad(l)の前のnga字にのみtsheg()を打つ」規則との関係をうまく説明できるようになりました。」