通説に反し日本語と中国語は同系です。私自身まだ筋道だってこの同系説を述べることはできませんが、私がみつけた日本語と中国語(あるいはチベット語など)の同系の証しを予告なしにここに示すつもりです。ときにはここまで見にきていただければ幸いです。
1.地域特徴について
故橋本氏が地域特徴と考えられた与那国島方言と中国の江南地方にみられる三項対立の奇妙な一致は見かけのうえの偶然の一致ではなく、これこそが日本語と中国語との同系を示すものです。
日本語とオーストロネシア語族の語末鼻音ngの対応は漢蔵語族に属する景頗語(景頗族=カチン族の言語)にもみられます(劉 1984:2。声調は省略)。
「1.恩昆土語某些元音収尾的詞,石丹土語有鼻輔音韵尾。如:
恩昆土語 石丹土語
(1) e(或)←→e(或)
khje khje 紅(以下省略)」
上の恩昆土語と石丹土語における語末鼻音ngの有無の違いは日本語「月」の波照間島方言skngと京都方言tsukiにみられる違いそっくりではありませんか。つまりここにも日本語と漢蔵語族の景頗語との同源の証がみられるでしょう。
現代ネパール語のchhuの発音について補足しておきます。ネパールの首都カトマンズでは古来からチベット系のネワール民族が住んでいて、その政治経済への影響は大きく、そのためカトマンズで話されるサンスクリットと同系のネパール語にはネワール族の母語であるネワール語の影響がみられます。そのひとつにchhu(〜がある:ただし進行形などに使用するときの一人称単数形)の発音があります。私が三十年以上前にはじめてネパール語を習ったときの教科書はローマ字転写ではchhu、発音はtsh(近似音で「ツン」)のような音と書いてありました。しかし、私のネパール語の先生がネワール族の留学生だったので、私もchhuの発音をtshに近い音で習いました。カトマンズのchhuはチュよりもツに近く聞こえます。しかしツによく似ていますが、日本語のツとは異質なのでネワール人(やインド系のネパール人)には日本語のツの発音は非常に困難です。日本人の耳には。
ここでchhuの発音をインド西ベンガル州ダージリンの発音をもあわせて比較すると、次のようになります。
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カトマンズ |
ダージリン |
表記 |
chhu |
|
発音 |
tsh(ツン) |
chhu(チュ) |
*カトマンズのchhの発音は正確には「/ch/ [tsh] 無声有気歯茎歯擦音、舌面がわずかに溝状化する」(日本ネパール協会編 昭和50:8, 20)。
このようにネパール語のchhuの発音にはカトマンズに住むネワール族の発音tshの影響がみられます。実際むかしのネパール語の教科書には私が37年前に習った発音と同じであるchhのようにローマ字転写したもの(発音はtsh)がみられるので、以前のカトマンズの標準音だったのではないかと思います。しかし現在カトマンズに住む若いネワール人の発音は鼻母音ではなくtshuのようになっています。ネワール語ではchhuとtshuの二つの音があります。もともとサンスクリットと同系であるネパール語には文字chu(無気音)と有気音(chhu)しかなく、chhuの発音はtshu(ツ)のためにchhu(チュ)の音を表記するためにchhyuの文字が工夫されています。
ややこしいので表にまとめておきます。
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無気音 |
有気音 |
||
表記 |
चुchu |
च्युchyu |
छुchhu |
छ्यchhyu |
近似発音 |
tsu |
chhu |
tshu |
tshyu |
ところでいま上でネパール語のchhuの発音をみてきましたが、もしここで歴史的な変化を問題にしないでtsh→tshuへの変化だけを考えると、ここでも「東インドネシアからこのルートを通って琉球の八重山方言にいたる言語で、語末に現在では無意味の鼻音(excrescent ng)を添加する現象がみいだされることが多い。この-ngはもとは定冠詞であったという説もある。」(崎山 平成2:118)という言葉との関係を思いうかべることは容易でしょう。(詳しくは「鼻母音の対応について」をみてください。)つまりネワール語のtshにみられる鼻母音の存在は原オセアニア語や古代日本語との同源を証明するための重要な証しであると、考えることができるのではないでしょうか。(この項は2000.8.1追補)
4.中国語にもみられるa/の母音交替現象
思わせぶりだが、本当は中身のないアイディアを書いていると思われると心外なので、ここで日本語と中国語の同系を証明するための証となる、音韻特徴のひとつについて述べておきます。古代日本語にはa音とo音(=()、代特殊仮名遣いで乙類のオ)の母音交替現象がみられることは、よく知られています。
たとえば次のような古代語に見られます(大野 1974:113)。
「sayagu,sygu(さやぐ) ana,n(驚きの声) tawawa,tww(たわわ) Fadara,Fdr(斑) ana,n(己) nasu,nsu(如し) iya,iy(愈) kawara,kwr(ゴロゴロ、音) Fara,Fr(散) tata-F,tt-mi(満潮)」
このような母音交替現象は「白色」(しろいろ)と「白鳥」(しらとり)の言葉に見られる「しろ」と「しら」といった、ごくありふれた言葉にも見られるところなので、我々にはなじみの深いものです。しかしこの現象はあまり注意されていないのですが、中国語にもみられる現象(「ペキン語の{a}音と{}」:橋本萬太郎 1981:243-8)なのです。そしてその橋本氏の考察を準用することによって、日本語のa/oの母音交替現象の起こる原因を語中の-r-(そのものではないx)に求めることができるでしょう。現実の歴史的変化ではもちろんありませんが、ta(「タ」)→da(「ダ」)→ra(「ラ」)の変化を想定することによって、日本語の未解決な問題(接尾語「ら」や「丸太」の語尾「タ」、動詞活用未然形の語尾のア音など)を解くことができます。つまりa/oの母音交替現象を日本語と中国語の同系を証明するためのひとつにかぞえることができるでしょう。(この項は、2002.12.1追補)
5.中国語の介音と日本語に考えた古代ハ行頭子音に想定した介音との関係について
本郷波字音を中国語の介音のアイディアをかりてpUaと考え、「母」のpUapUa→FaFa→Faua→haɦaの変化を解いてきました。ではなぜ中国語の介音が日本語の介音と同じものとみられるのでしょうか。これは単なる偶然の遇合とみなすべきではなく、日本語と中国語の同系を証明するためのひとつとするのがよいでしょう。(この項は本文「ハ行音の変化の謎を解く」(2016年中に更新予定)が未完のため、予告として書いておきます。