「連濁はいつ起こるのか?」
(2002.12.25 更新)
このページではラ行音について考えます。
01.はじめに
02.連濁とは何か
03.清濁と連濁の関係
04.清む(清音)と濁る(濁音)
05.ガ行鼻濁音
06.サ行の直音化について
07.タ行の破擦化について
08.ツァ行音について
09.四ツ仮名について
10.すずめはスズと鳴いたか?
11.ラ行音について
目次(「連濁はいつ起こるのか?」)へ
11.ラ行音について
今回はラ行音について考えることにします。よく知られているように、古代日本語ではラ行音は語頭にたたなかったといわれています。そこでこのラ行音に関する頭音規則を橋本氏の言葉から引用します。(橋本進吉 1980:148-9)
「 三 連音上の法則
(一) 語頭音に関しては、我が国の上代には、ラ行音および濁音は語頭音には用いられないというきまりがあった。古来の国語においてラ行音ではじまるあらゆる語について見るに、それはすべて漢語かまたは西洋語から入ったもので、本来の日本語と考えられるものは一つもない。これは、本来我が国にはラ行音ではじまる語はなかったので、すなわち、ラ行音は語頭音としては用いられなかったのである。・・・・・(以下省略)」
ところで上の頭音規則の正しさは「しりとり遊び」でラ行音ではじまる言葉をさがすのがむつかしいこと、またもしラ行音ではじまる言葉があればそれらの言葉はほぼすべて漢語であることからも納得できますが、また次のような例をその傍証としてあげることもできると思います。(《日本語の歴史》編集部編 昭和38 :302-3より例をまとめました)
漢語―その字音――平安時代の発音(漢字表記)
硫黄―ルワウ―――ユワウ(由王)
陵―レウセウ――ノウセウ(農世宇:「のうぜん(かつら)」の古形)
このように古代人は漢語の「ルワウ」「レウセウ」といったラ行音の発音になじめなかったために、それらの音を「ユワウ」「ノウセウ」といった発音で受けとめていたことがわかります。そしてこのことからも古代日本語の語頭にはラ行音がなかったことと考えることができます。
ところでラ行音はダ行音とよく混同することがあります。そのような例として、子供の言葉を観察した小松氏の文章を、次に見てみましょう。(小松 昭和56:6)
「「ラ」と「ダ」とは仮名が違うし、もちろん、発音記号でも明確に書き分けることになっていると、たいていの人たちは信じて疑わない。しかし、実のところ、日本語のラ行音とダ行音とは、しばしば、たいへんまぎらわしいのである。両親は団地の「3ディーK」に住んでいるつもりなのに、まだ文字を知らないその子どもは、おやつのプリン(pudding)を食べたあとで、遊び友達に、「きみんち、2レーケーか。せまいなあ。ぼくんち3レーケーだぞ」といって自慢している。近所の八百屋では、ラレシ(raddish)を売っている。これは西洋赤かぶのことである。いくらなんでも、自分はそういういい加減な発音をしていないという確信があるのなら、会話の中に、さりげなく、「始発レン車に間に合わない」とか、「レン気デー蔵庫の氷」とかいう言い方をまぜてみるとよい。話すほうが意識しすぎてその部分を強く不自然に言ったりさえしなければ、聞きとがめられることもなしに、おそらく会話はそのままに進行するはずである。・・・・・(以下省略)」
このように子供の言葉にはラ行音とダ行音の混乱がよくみられるのですが、これは日本語のラ行音とダ行音が似た音であることにその原因をもとめることができます。しかしこの混乱はただ単にラ行音とダ行音が似た音であるということだけではなく、次のような理由も多いに関係していると思われます。(切替一郎・沢島政行 昭和43:67-8)
「 さて、子音の発達にも、おおよその順序はあるようです。まずはじめは唇を使う/マ//パ//バ/などの音が多く、ついで種々の破裂音、最後にラ行、サ行、ザ行音という順序になります。つまり、
@ 構音運動としてやさしい音
A 耳で聞いて聞き分けやすい音
B ことばの中に頻繁ひんぱんに出てくる音
C 構音運動がよく見えるような音
こうした発音は早くできるようになり、その逆のものは遅くまでできないといわれています。唇を使う「ママ」[m]、「パパ」[p]などは、構音運動として単純で、また外からよく見えますので、早い時期に発達します。ラ行音[r]のように舌先で歯茎をはじいて出すことや、サ行音[s][]のように舌先を歯や歯茎に接近させて、狭い隙間から息を吹き出して音をつくることなどは、動作としてかなりむずかしく、また外から舌の動きをみることもできませんので、遅くまで残るわけです。ここに日本語の子音の表と図を参考までにのせておきましょう。(表2-3、図2-8)」
またこのようなラ行音とダ行音との混同は、次のように各地の方言にもよくみられる現象です。(柴田 1988:629)
「【ラ行とダ行】 各地の方言でラ行音とダ行音が混乱している。ときには、これにザ行音も加わることがある。このなまりで最も有名なのは、大阪府の河内地方である。カロノ ウロンヤ(かどのうどん屋)、ヨロガワノ ミル ノンレ ハラ ラブラブ(淀川の水飲んで腹だぶだぶ)などがこの方言をからかう文句につかわれる。このなまりは河内だけでなく、奈良・和歌山県にも、さらに四国の香川県、愛媛県の島々にも及んでいる。
このほか、新潟県の南蒲原・三島・刈羽・古志地方および佐渡でさかんである。佐渡では、サロコトバ(佐渡ことば)と言って、ラッレモ オランカッタラロー(だれも居らんかっただろう)のように言う。ここでは、「かんざし」もカンラシ、「涼しい」もスルシイのように言う。「らち(埒)があかない」をダチ(ャ)カンのように言うのは、長野(伊那)・愛知・岐阜・富山・石川の各県だから、この地方にも潜在的にラ行音をダ行音になまる傾向があるらしい。なお、八丈島・青ヶ島でも、ドーソク(蝋燭)、デーネン(来年)のように言う。九州でも各地に混乱があり、特に鹿児島県で著しい。
ラ行・ダ行・ザ行子音がこのように混同しやすいのは、発音のしかたが互いに近いからだ。舌のつけ方をゆるめ、舌の離し方を弾くようにすればダ行音は容易にラ行音になる。逆に舌のつけ方をきつくし、舌の離し方を早く運べば、ラ行音はダ行音になりやすい。ザ行音は破擦音の場合で、この摩擦の部分が少なくなればダ行音になり、いったんダ行音になればラ行音との混同が起こりうる。だから、東京生まれの人も、コンロ(今度)のように聞かれる発音をする場合がある。」
このようにラ行音とダ行音の混同は一部の地域にのみ見られる現象ではなく、全国各地の方言でみられるものです。そしてさきほどみたようにラ行音の発音自体が難しく、また古代には頭音としてはラ行音は存在しなかったことなどを考えあわせると、ダ行音とラ行音との関係を、次のように考えることができるでしょう。
ダ行音(/dV/)→ラ行音(/rV/)
*d:有声歯茎閉鎖音。r:そり舌はじき音・たたき音(rで代用)。V:母音。
さてこれまでの考察からダ行音がラ行音に変化したと考えたのですが、このように考えると、「良」のつく人名(たとえば「高良」)などのなりたちをうまく説明できるように思います。そこで以下、その考えを述べてみたいと思います。
たとえば沖縄県那覇市には「高良」(たから)が、同じく宮古島には「平良市」(現:宮古島市。ひららし:現地音のピサラについては「平良はたいら?」を見てください)があり、石垣島の石垣市にも「宮良(川)」(みやら(がわ))があり、人名の多くは地名に由来するといわれているので、地名の「高良」「平良市」「宮良」から人名の「高良」「平良」「宮良」への変化を想定しても無理がありません。そしてこの考えを認めると、たとえば地名「平良」は「ひら+ら」と分析することができ(琉球語の「ひら」の意味ha「ヒラ・坂」を見てください)、その意味は「登り(坂)+ら」と考えることができます。しかしこのように考えても、その地名「平良」にあらわれる「良」(ら)の意味はまったくわかりません。そこでこの「良」の意味を知るために、古代語における「良」で表記されている「ら」の意味を、次に見てみましょう。(上代語辞典編修委員会編 1967:808)
「ら 接尾語。@情態性の意味を加える。形容詞語幹・情態性体言などに下接する。・・・(用例は略)A複数を表わす。名詞・代名詞に下接する。「みつみつし久米の子良こらが頭椎タブツツい石椎イシツツいもち撃ちてし止まむ」(記神武)・・・(用例は略)B語調を整え、また物事を婉曲に示す。・・・(用例以下は省略)→だ(接尾)・らま・ろ(接尾)」
上の注記にある接尾語「ら」と関係すると思われる接尾語「だ」についても、みておきます。(上代語辞典編修委員会編 1967:408)
「だ 接尾語。副詞をつくる語尾の一。「ここ陀だまがふ」(万八四四)「綿さは太だ」(万三三五四)「そき太だくも」(万四三六〇)【考】アマタ・アラタ・ウタ等のタも清音ではあるが同じものか。いく=・いま=・こき=こき=く・ここ=・さは=・そき=く→ら」
ところで上の接尾語「ら」が複数の意味をあらわすことは、いまでも「これら」「それら」「子供ら」といった言葉からうなずけるのですが、それ以外の意味と接尾語「だ」の意味との関係はもうひとつはっきりしません。しかし上の引用からわかるように、接尾語「だ」と「ら」の関係は認められているので、先ほどダ行音がラ行音に変化したと考えたことから、ここでも接尾語「だ」→接尾語「ら」の変化を考えます。そうすると、次のような変化を考えることができると思います。
1.地名について
たかた(高田)→たかだ(高田)→たから(高良)
2.地名から人名への転用
「高田」(地名)→「高良」(地名)→「高良」(人名)
この変化をまとめると次のようになります。
高田(たかた:地名)→高田(たかだ:地名)→高良(たから:地名)→高良(たから:人名)
ここで人名に使用される「田」姓について考えてみます。人名研究家の佐久間氏はその著書のなかで、「しばしば使われる姓の漢字は何か」(佐久間 1972:102-3)という問いをだされていて、その答として、「一千位までの姓において、使われている文字の出現頻度数」の表(佐久間表)を出されています。そしてその表によれば、第一位は「田」で241回、二位は「川」で61回、三位は「井」で57回となっています。この頻度数はそれぞれの人名の結び字(たとえば「〜田」)だけでなく、頭字(たとえば「田〜」)も数えているので、はっきりしたことはわかりませんが、「田」が前後につく姓がダントツに多いことは、その表から明らかです。そしてこの「田」のつく姓がダントツに多いことの理由を、佐久間氏は次のように考えられています。(佐久間 1972:94)
「名字の結び字としては、”田”の字を用いた姓の種類がもっとも多い。きわめて名字として不向きなような漢字、あるいは、少し落ち着きの悪いような漢字の場合でも、その字の下に”田”をつけて「○田」姓にしてみると、俄然、これは名字だぞ――という”名字らしさ”の安定感・安心感を見る者に与える。「名字と”田”」――不思議な因縁。そしてこのことは、昔、たんぼに名をつけたという名字の発生の由来にまでさかのぼることができる。」
ところで皆さんは「田」のつく姓がダントツに多いことの理由として、佐久間氏の「たんぼ(「田」)に由来する」という考えをどう思われるでしょうか。私はこの佐久間氏の考えにはとても同意できません。なぜなら人名は地名に由来するといわれているので、「山田」「赤田」といった、「・・・田」姓の多くは弥生時代以降、稲作が日本に渡来したあとにつくられた苗字と考えざるをえません。でも本当に稲作が渡来したあとに、「山田」(山(の近く、のあたり)にある田)や「赤田」(赤っぽい、つまり黄金色の田)という地名がその地に名づけられたのでしょうか。そしてその地名から「山田」や「赤田」といった苗字ができたのでしょうか。そしてまた疑問になるのは、上の頻度表で「田」のつく姓が241回、二位の「川」のつく姓が61回とその差が多きすぎることです。2位以下の「川」「井」「野」「山」「原」「本」といった言葉は日本語のなかで「田」におとらず、あるいはそれ以上に重要な言葉であるのに、「田」のつく姓とはその差がおおきすぎることです。そして一番の疑問になる点は佐久間氏がみずからその手のうちをあかしておられるように、”きわめて名字として不向きなような漢字”を使った「黒田」「太田」「石田」「安田」などなどの姓が数多くあることです。これらを「黒っぽい田」「太ちょの田」「石ころのある田」「安っぽい田」と解釈するには少々無理があるのではないでしょうか。つまりこれらの私のあげた疑問は「田」のつく姓が「たんぼ」に由来すると考えることができないことの証といえるのではないでしょうか。
さてこのように考えてくると、人名「高良」の由来を、次のように考えることができるでしょう。
高+タ(接尾語)→高+ダ(接尾語)→高+ラ(接尾語)→高良(人名)
つまり地名「高田」の語源を「高+タ(接尾語)」と考えると、この接尾語「タ」は次のように変化したと考えることができるでしょう。
接尾語:タ→ダ→ラ
そしてこの接尾語タの変化から、「赤ら顔」(赤みをおびた顔)にみられる接尾語ラとのつながりを見るのは容易です。またそれだけでなく「丸太」(皮をはいだままの丸い材木)といった言葉にも、接尾語「ら」(@情態性の意味を加える:上代語辞典編修委員会編 1967:808)とのつながりを感じることができるでしょう。そしてこの「丸太」の「タ」と「赤ら顔」の「ラ」における語末母音がともにa音であることから、動詞活用の未然形がa音でおわっていることと何か関係があるのではないかと考えることができるでしょう。つまりここまで想像をたくましくすれば、古代語におけるa音とo()音との母音交替(また甲・乙類の音韻変化)にもつながっている問題であると、気づくのもそう遠くないことでしょう。
ここで大野氏の見解とそのa/oの母音交替の例を、次に引用しておきます。(大野晋 1978:199)
「 なお次のような母音の交替の法則がある。
Daととの母音は交替することがある。
というのはaとの交替によって、同じ意味、またはごく近い意味を表わす語をつくる造語法がある。たとえば次のごとくである。
ana,n(感動詞),ana,n(己),asa,s(浅,愚),Fadara,Fdr(斑),kara,kr(自),kata,kt(片),kawara,kwr(ガラガラ,ゴロゴロ),nasa,nsu(如す),ra,r(助詞),saya,sy(そよぐ),tanabuki,tnbiku(棚引く)
右の例を見れば、a-は交替する場合があることが理解されよう。・・・・(以下省略)」
いま上で想像をたくましくして述べたことと、母音交替に関する大野氏の見解をまとめると、次のようになります。
1.a接尾形 a語尾(語基)
「丸太」 丸+タ(接尾語)
「赤ら顔」 赤+ラ(接尾語)+顔(複合語後項)
「飲まない」 飲 ま +ない(動詞活用未然形)
2.a/o母音交替形:
a音 o()音
*なおa接尾形については阪倉篤義氏の考え(阪倉 平成2:279-304,阪倉 昭和41:277-420)を、また動詞活用の成立については大野氏の「付 動詞活用形の起源」(大野晋 1978:179-211)をみてください。
*情態言(接尾語「〜マ」「〜カ」「〜サ」「〜タ」)と接頭語(「マ〜」「カ〜」「サ〜」「タ〜」の関係(阪倉 昭和41:459-460)や「ぬくとい」(「ぬくい」(温い)に同じ)の「ト」についても、上のa接尾形やa/o母音交替形と関係があります。また動詞活用の最大の難問である未然形の成立はa/o母音交替にその起源があり、これらの接尾語・接頭語・a/o母音交替の問題は日本語とオーストロネシア語族の同源を証明する重要なキーワードです。(中国語と日本語が同系であるという、私の新説に興味があるかたはこちら)
今回も歯切れの悪い考察になり、多くの宿題をもちこしたままになりましたが、これ以上の考察はまたのちほどの更新で、詳しく考察することにしたいと思います。