「連濁はいつ起こるのか?」
(2001.04.01 更新)
このページは清濁(清むと濁る)と連濁の関係を考えます。また50音図の最初の濁音であるガ行音の一変種であるガ行鼻濁音についても述べます。
01.はじめに
02.連濁とは何か
03.清濁と連濁の関係
04.清む(清音)と濁る(濁音)
05.ガ行鼻濁音
目次(「連濁はいつ起こるのか?」)へ
3.清濁と連濁の関係
ところで連濁において複合語後項が清み、あるいは濁る理由は何なのでしょうか。さきにあげた「やまかわ」(山川)は「山と川」、「やまがわ」(山川)は「山の中の川」の意味なので、「やまかわ」(山川)と「やまがわ」(山川)の違いは複合語前項と後項の関係性の違いであると考えられます。そしてその違いは「やまかわ」は前項の「山」と後項の「川」が並立関係にあり、「やまがわ」は前項の「山」が後項の「川」を形容していて修飾関係にあることです。つまり並立関係では複合語後項は清み、修飾関係では濁っていることがわかります。このように二語の連接(複合語)を考えたとき、複合語の前項と後項の関係に並立関係と修飾関係の違いがみられ、複合語後項が濁るとき私たちはその現象を連濁と呼んでいます。そこでこの複合語前項と後項の関係性の違いを考え、並立関係にある時を「ト関係」、修飾関係にある時を「ノ関係」と呼ぶことにすれば、次のようにその関係性の違いを連濁の有無と関係づけることができます。(「12.濁音化について」を参照ください。)
ト関係(並立関係にある時):連濁を起こさない(複合語後項が清む)
ノ関係(修飾関係にある時):連濁を起こす(複合語後項が濁る)
ところでいま「ノ関係」と「ト関係」の違いが連濁の有無を決めていると考えたのですが、「ノ関係」と「ト関係」とのあいだの違いには(あまり指摘されていないのですが)もうひとつ大事な違いがあります。それは「ト関係」の「山川」(やまかわ)には「やま」と「かわ」の間に少しばかりの休止が感じられ、「ノ関係」の「山川」(やまがわ)には「やま」と「がわ」の間には休止が感じられないということです。この違いは「ト関係」は複合語の前項と後項がどちらかというと「やま」「かわ」のように二語として意識されるのに対し、「ノ関係」は「やまがわ」のように一語として意識されることとつながっていると考えられます。この違いをまとめると、次のようになります。
「ト関係」:どちらかというと二語として意識される(複合語の前項と後項のあいだに少しばかりの休止が感じられる)。
「ノ関係」:一語として意識される(複合語の前項と後項のあいだに休止が感じられない)。
さて「ト関係」は複合語後項が決して濁らない(連濁を起こさない)のですが、「ノ関係」の場合は「おおかわ」(大川:大きい川)のように濁らない場合があります。そして時には「ノ関係」にある複合語の後項が清むのか濁るのかわからなかったり、ひどいときには人により、あるいは地域により清んだり、濁ったりと連濁の有無が違っていたりします。そこでここで連濁の起こる、あるいは起こらない場合をまとめておきます。(NHK 放送文化研究所編 1998:p231の「第2節 連濁しない、またはしにくいときの一般的傾向」などを利用し、以下筆者が整理加筆しました)
A.大原則:
a.「ト関係」は決して連濁しない。(例:「やまかわ」(山川:「山と川」の意)
b.「ノ関係」は連濁する。(例:「やまがわ」(山川:「山の中を流れる川」の意)B.上の大原則にはずれる場合(ノ関係には連濁しないものがある):
1.複合語前項が後項の目的格になるときは連濁しにくい。
例:「やねふき」(屋根葺き:「屋根(を)葺くこと」)
*ただし、前項が副詞格の時は連濁する
例:「かわらぶき」(瓦葺き:「瓦(で)葺くこと」)
2.複合語後項の第2拍が濁音のときは連濁しにくい。
例:「おおかぜ」(大風:後項の第2拍が濁音「ぜ」)
3.同音重複である重複語はほとんどの場合連濁する。
例:「たかだか」(高々:「高」(たか)の同音重複)(8項を参照ください)
*ただし、連濁しないものもある。
例:「ちち」(乳:「乳」(ち)の同音重複)
*ただし、擬音語・擬態語は連濁しない。
例:「ころころ」(ころころと転がる:擬音語「ころ」の同音重複)
例:「くんくん」(くんくん鼻をならす:擬態語「くんくん」)
4.複合動詞の時は連濁しない。
例:「つみかさねる」(積み重ねる:「積む」と「重ねる」を複合動詞化)
*ただし、前項が連用名詞形として用いられる時は連濁する
例:「いきどまる」(行き止まる:「行き」は連用名詞形)
5 .字音語は連濁したり、しなかったりする。
例:「サンガイ」(三階:カイ「階」→ガイ。これを新濁という):
6.字音語をサ変動詞化「ス(ル)」したときは連濁したり、しなかったりする。(使われることが少ない語は連濁しない。)
例:「コーズル」(高ずる、講ずる)。「コースル」(航する、抗する)
7.連用名詞形は連濁したり、しなかったりする。
*イ音便は濁ったり、濁らなかったりする。
例:騒ぎて→「さわいで」。書きて→「かいて」
*促音便は濁らない。例:取りて→「とって」
*撥音便は濁る。 例:読みて→「よんで」
8.時代によって清濁は変化する。(一般的には清音から濁音に変化する傾向がある。本居宣長の『古事記伝』に「そはまづ後ノ世には濁る言を、古ヘは清スミていへるも多しと見えて、・・・(以下省略)」(秋永 1990:p89)の言葉があります)
*例:宮人(ミヤヒト→ミヤビト)
*例:たかたかに(高高:上代語辞典編修委員会編 1985:p410)→高々(たかだか)
9.地域によって清濁がことなる。(方言差による違いがみられる)
*「東日本はセンタク(洗濯)、西日本はセンダク」(徳川 1990:p285)
10.同じノ関係でも連濁しないものがある。(はじめの二例は亀井 昭和48:p351)
*例:連濁する :阿加陀麻アカダマ(赤玉)・青竹アオダケ・大烏オオガラス
*例:連濁しない:斯良多麻シラタマ(白玉)・若竹ワカタケ・大川オオカワ
11.熟合度(複合度)の違いにより発音の違うものがある。
*例:緊密でない時(-g-):「十五」(じゅーご)
*例:緊密な時(--)
:「十五夜」(じゅーや)(「」は鼻濁音)
このように連濁があらわれる条件ははっきりしていませんが、連濁の起こる傾向といえるものをまとめてみると、次のようになります。
1.「ノ関係」は連濁を起こすが、時に起こさない。(ただし「ト関係」は連濁を起こさない)
2.古代に連濁しなかった語も、時代が新しくなるほど連濁する傾向にある。(ただし、現代では慣用されたものとして固定している。どちらかというと清音になる傾向にある)
3.二語の熟合度が高く、一語と意識されるほど連濁は起こる。
*3項の説明が少し足りないと思っていたのですが、昨夜たまたま読んだ本でいい説明(例)をみつけましたので、以下紹介します。(読売新聞社会部 1988:p162)(この項2001.8.19に追補)
「―着がえる。この言葉はほとんど一般化しました。しかし、私は今でも「着かえる」と言い、名詞の場合は「着がえ」と区別しております=東京都練馬区大泉町三丁目、無職・岡本靖彦さん(七三)=「岡本さんのご指摘の通り、『着かえる』は濁らず、名詞の場合は『着がえ』と濁ります。二つの語が結合した際に下の語の頭の清音が濁音化(連濁)するのは、その複合語がよく使われ一語意識が強くなったときに生じます。その点、『着がえ』は頻繁に使用された言葉といえます。」
「動詞の『着かえる』は一語意識がそれほど強くないから、いまのところ正しくは濁らないとされているが、濁音化した形が増えているのは、名詞からの類推によってでしょう」」
*筆者注:上の文章は読者である岡本氏の投書に野元菊雄氏(当時の国立国語研究所長)が回答されたものです。ここでの知見を一般化すると、「名詞の場合は濁り、動詞の場合は濁らない」「頻繁に使用された言葉(一語意識が強い)は濁る」となるでしょう。
つまり連濁現象にたいしては古来から言われている「語が熟合していると連濁は起こる」というのが正確なところでしょう。
さてこれから連濁がいつ、なぜ、どのようにして起こるのか考えていくことにします。次項では「清む」と「濁る」、つまり清音と濁音という日本語にのみ見られる概念を言語学の言葉で考えていくことにします。
まずこの清む(清音)と濁る(濁音)の対立を見るために、五十音図とヘボン式ローマ字をあげます。
清音
|
あ行 |
か行 |
さ行 |
た行 |
な行 |
は行 |
ま行 |
や行 |
ら行 |
わ行 |
|
あa |
あ a |
か ka |
さ sa |
た ta |
な na |
は ha |
ま ma |
や ya |
ら ra |
わ wa |
ん n |
いi |
い i |
き ki |
しshi |
ちchi |
に ni |
ひ hi |
み mi |
|
り ri |
(ゐ i) |
|
うu |
う u |
く ku |
す su |
つtsu |
ぬ nu |
ふ fu |
む mu |
ゆ yu |
る ru |
|
|
えe |
え e |
け ke |
せ se |
て te |
ね ne |
へ he |
め me |
|
れ re |
(ゑ e) |
|
おo |
お o |
こ ko |
そ so |
と to |
の no |
ほ ho |
も mo |
よ yo |
ろ ro |
を wo |
|
濁音
|
|
が 行 |
ざ 行 |
だ 行 |
|
ば 行 |
あa |
|
が ga |
ざ za |
だ da |
|
ば ba |
いi |
|
ぎ gi |
じ ji |
ぢ ji |
|
び bi |
うu |
|
ぐ gu |
ず zu |
づ zu |
|
ぶ bu |
えe |
|
げ ge |
ぜ ze |
で de |
|
べ be |
おo |
|
ご go |
ぞ zo |
ど do |
|
ぼ bo |
半濁音
ぱ行:ぱpa/ぴpi/ぷpu/ぺpe/ぽpo
上表をみてわかるように、濁音は清音に濁音符(″)をつけくわえることで表現するのですが、ローマ字表記では清音と濁音では違った字母を使用しています。ここで万葉集における清濁音の表記(真仮名)をみておくことにします。(小松 昭和56:p56-7)
「宇利波米婆ヽ 胡藤ヽ母意母保由 久利波米婆ヽ 麻斯弖斯農波由 伊豆ヽ久欲利 枳多利斯物能曽 麻奈迦比爾 母等奈可々利提 夜周伊斯奈佐農
瓜食はめば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲しぬはゆ 何処いづくより 来りしものそ 目交まなかひに もとなかかりて 安寝やすいし寝なさぬ (万葉集・巻五・八〇二)」
上の「宇利波米婆」(うりはめば)の表記をみればわかるように、ローマ字表記と同じように清音の「は」と濁音の「ば」では違った表記(「波」と「婆」)になっています。このように古代では清音と濁音では違った漢字を用いて表記したのですが、「平安時代に平仮名・片仮名が成立するにいたって、このような書き分けは積極的に排除され、清音と濁音とが同一字母を共有することになったので」(小松 昭和56:p58)す。そしてその理由は「つまるところ、「が」は「か」の特殊化された一変種にすぎない」(小松 昭和56:p73)と古代人が考えたことのあらわれとみることができます。そしてそのことは「オコレルミニクイニホンシンニテンチユウヲクタス」(1997.2.14の青酸入りチョコレート事件の脅迫文:小松 昭和56:p72)を「れる醜い日本人に天誅を下す」(同上)とわけなく読み解けることにつながっているといえるでしょう。つまりこのような「が」を「か」の一変種と考える古来からの伝統が続いていることは日本語における清む(清音)と濁る(濁音)を一組の対として考えることの重要性を物語っているといえるでしょう。
ではこれから清音の一変種である濁音の発音をみていくことにします。
5.ガ行鼻濁音(詳しくは「11.ガ行鼻濁音について」をみてください)
共通語ではカ行音(カ・キ・ク・ケ・コ)はkV(Vは母音。kは無声閉鎖音/k/)、ガ行音(ガ・ギ・グ・ゲ・ゴ)はgV(Vは母音。gは有声閉鎖音/g/)の発音と普通思っていますが、実は語頭と語頭以外ではその発音が違っているのです。そこでその違いを次に見てみることにします。(平山 昭43:p96)
「5 共通語では、語頭では破裂音の[g]、それ以外では鼻音の[]というように区別して現われるのが原則になっています。
ガクダン [gakda] (楽団)
オンク [oak] (音楽)
ギム [gim] (義務)
カ
[kai] (鍵)…(このあと省略)」
*上の原則にはいくつかの例外があります。(例:「十五」(ジューゴ:-g-)/「十五夜」(ジューヤ:--)。「音楽学校」(オンクガッコー:-g-)「電気会社」(デンキイシャ:--)など)
上の「音楽」(オンク:[oak])にみられる[a]()の音は鼻にかかった(鼻にぬける)音として知られていて、ガ行鼻濁音と呼ばれています。そこでここでカ行・ガ行とガ行鼻濁音を比べておきます。
カ行 :ka, ki, ku, ke, ko
ガ行 :ga, gi, gu, ge, go
ガ行鼻濁音:a・i・u・e・o
*k:無声軟口蓋閉鎖音[k]。g:有声軟口蓋閉鎖音[g]。:軟口蓋鼻音[]。
*uは平唇のウ([])。
*但しガ行鼻濁音は語頭に立たない。
*ガ行鼻濁音は「・・・・」「・・・・」と書かれることがあります。
ところで上の「音楽学校」(オンクガッコー)と「電気会社」(デンキイシャ)の例をくらべてみると、「音楽学校」よりも「電気会社」のほうがより一語化されていると感じるでしょう。つまり同じガでも熟合度が高いとg(ガ行音)ではなく(ガ行鼻濁音)になっているので、たとえば複合語「山霧」(やまぎり)の音韻変化は、次のようであると考えることができます。
yama(山)+kiri(霧)>yamagiri>yamairi(山霧:ヤマリ)
この変化をまとめると、次のようにあらわすことができます。
k>g>
*k:カ行清音(無声軟口蓋閉鎖音)。g:ガ行濁音(有声軟口蓋閉鎖音)。:ガ行鼻濁音(軟口蓋鼻音)。
また上のガ行鼻濁音は現在変化のまっただなかにあります。たとえば鍵(かぎ)について見てみると、つぎのようになります。(小松 昭和56:p137。また國廣 1983:p86-8 にも)
「「鍵」を仮名で書くと「かぎ」であるが、その実際の発音は東京でふたとおりになっている。その一つは[kai]であり、もう一つは[kagi]である。・・・東京語の場合、[kai]は高い年齢層に、また[kagi]は低い年齢層に、それぞれ偏って分布している 。それは、すでに、kai>kagiという変化が相当に進行しているからであって、 全国的に見れば[kai]という言い方をしない方言の方が多い。」
上の引用から、現代東京語では>gの変化が現在進行中であることがわかります。その変化は次のようにあらわすことができます。
>g
*:ガ行鼻濁音(軟口蓋鼻音)。g:ガ行濁音(有声軟口蓋閉鎖音)。
つまりカ行の連濁における音韻変化は、次のようにまとめることができます。
k>g>(>g)
*k:カ行清音(無声軟口蓋閉鎖音)。g:ガ行濁音(有声軟口蓋閉鎖音)。:ガ行鼻濁音(軟口蓋鼻音)。
*( )内の変化は共通語で現在進行中。
ここで山口方言のガ行音の発音をみておきます。(國廣 1983:p86)
「・・・語頭では[gakko:]であるけれども、語中にはいるといまの[kaami]というふうに口の奥の摩擦音になる。単語の頭だと「が」は破裂するが、語中では破裂でなしに摩擦音になる。・・・(以下省略)」
*筆者注:は有声軟口蓋摩擦音(//)。上の[gakko:]は「学校」。[kaami]は「鏡」(共通語では[kaami])。
次回の更新はサ行・タ行の清濁を考えます。