「ティダ」の語源を探る


2000.06.01 更新)

 このページは前項「12濁音化について」からの続きです。

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13.鼻音化について

 前回は濁音化によって語基が「状態性」から「動作性」に変わる現象について考えましたが、今回は閉鎖音と鼻音の交替によって語義分化をおこなう鼻音化現象について考えることにします。
 ところで前に語基「発光天体」から「お日様」と「お月様」に語義分化したことをみましたが、「お日様」と「お月様」の語基はそれぞれthttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/o_wave.jpgnhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/o_wave.jpgなので、子音t(歯茎無声閉鎖音)とn(歯茎鼻音)の違いで語義分化を起こしていることがわかります。このような調音器官が同じである閉鎖音と鼻音の交替によって語義分化をおこなう現象は私達がそれと気づかない言葉にも見られます。次にいくつかあげてみます。

語基:無声閉鎖音      鼻音
 ta taka(高)        /naga(長)
 kahikaru(光る)      /migaku(磨く)
 thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e.jpg tsu(助詞ツ)      /no(助詞ノ)
 thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e.jpg tsu(完了の助動詞ツ) /nu(完了の助動詞ヌ)
 *kaは「かかやく」(R・燿:今の「輝く」)の語基で、himiは接頭語。「ヒカル」の万葉仮名は「比賀流」(ヒは甲類)。「ミガク」は甲・乙類不明ですが、『新撰字鏡』で「弥加久」なのでミを甲類と考えることが可能と思われます。(それぞれ上代語辞典編修委員会編 1985:605,698) 。また「ヒカル」「ミガク」のアクセンセントはそれぞれ平安時代では「低・低・高/低」「高・高・低」(それぞれ日本大辞典刊行会編 1985:16 609,18 510)。
 *助詞・助動詞のツはthttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e_wave.jpg(>thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e.jpgu)>thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpghttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpgは平唇のウ)。そして中世よりthttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpgtshttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpgに変化した。助詞ノは古代では乙類のnhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e_wave.jpgnhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e_wave.jpg(>nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/o_wave.jpg)>noに変化した。助動詞ヌはnhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e_wave.jpg(>nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e.jpgu)>nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpghttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpgは平唇のウ)。
 *上の語基takathttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e.jpgと語末の鼻母音化(http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/wave.jpg)はここでは省略してあります。

 このように日本語には無声閉鎖音と(有声)鼻音の違いによって語義分化を起こす現象があるのがわかります。しかし上にみた「お天道様」と「お月様」、あるいは「高」と「長」の語義の違いは誰の目にも明らかですが、ではそれらの語義の違いはどのように言えばいいでしょうか。そこでそれらの違いを知るために、「高」と「長」の語素から派生した言葉を比較してみることにします。

語素               :高     /
 語義              :高いさま /長いさま
 名詞として           :高山   /長屋
 形容詞として         :高し    /長し
 副詞・形容詞(重複して)  :高高に  /長永し
 接尾語サをともなって    :(高さ)  /長さ
 接尾語ミをともなって     :(高み)  /(長み)
 接尾語メをともなって     :(高め)  /(長め)
 接尾語ラカ・ヤカをともなって:(高らか)/(長やか)
 動詞として           :(高む)  /詠む・(眺む)
 動詞として           :(長く)  /
 動詞として           :矜タカ
 動詞として                 /流る・流す
 *( )内の語彙は古代(『時代別国語大辞典』)にはみられず、平安時代以降の用例。
 *高む(=たかくかまえる・高める)。矜ぶ(=高ぶ:おごる。たかぶる)。長く(=闌く)長ける(=闌ける:十分にその状態になる)。詠む(=長む:声を長く引く)。眺む眺める。流る流れる。投ぐ投げる。
 *「竹」「歎き」は通説ではtaka(高)+itak(竹)、naga(長)+iki(息)>nagki(歎き)の音韻変化で、「高」「長」の派生語と考えられていますが、そうではないので、「高」「長」の派生語としてあげてありません。(鼻母音化記号http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/wave.jpgは省略)

 ところで「たけ」(丈)は「物の高さ」「人の身長」「物の長さ」の意味があり、明らかに語素「高」と「長」には関係があることがわかります。このことは中世語で「十分にその状態になる」ことを「タク」といいそれを「長く」と書くことから、古代人はタカ(高)とナガ(長)につながりをみていたと考えることができます。
 このように語素「高」と「長」は同根であると考えることができますが、それでは語素「高」と「長」の違いはどのような違いと考えればよいのでしょうか。そこでその違いがよりわかりやすいそれぞれの動詞を比較してみると、次のようになります。

語素:高(たか)   長(なが)
動詞:高む      詠む・長む・眺む
    長く・闌く  投ぐ
    高ぶ       - 
     -       流る・流す

 そうすると語素「高」から作られた動詞「高む」「高ぶ」には「高」の語義(高いさま)がそのまま見られます。それにたいして語素「長」から作られた動詞「眺む」「流す」「投ぐ」には「長」の語義(長いさま)が顕わではありません。そこでそれらの語義のあらわれ方の違いが直接的(原義的)であるか、間接的(派生的)であるかと考えることによって、語素「高」「長」の違いを次のように考えることができます。

      高(たか) 長(なが)
1.語義:高いさま /長いさま
2.機能:原義的  /派生的

 このように語素「高」「長」の機能の違いをある種の対立と考えると、前にあげた「お天道様」「のんの様」といった言葉の違いも、次のように考えることができます。

.語基:thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/o_wave.jpg           nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/o_wave.jpg
 例:お天道様        /のんの様
  語義:ぎらぎらと輝くもの/耿耿こうこうと輝くもの
  機能:暖かさ       /冷たさ
.語基:ka        ga
 例:ひかる       /みがく
  語義:光沢を有する/光沢をだす
  機能:自動詞的に /他動詞的に
.助詞:tsu      /no
 例:天つ風      /音のさやけさ
  接続条件:名詞に/接尾語サに
  機能:状態性   /情態性
.助動詞:tsu            /nu
 例:〜けふ見鶴つるかも(万1092/〜月立ち邇けり(記景行)
  接続条件:意志的動詞に    /無意志的動詞に
  機能:動作の完了        /状態の発生  
  *上の考えは最近の研究のものですが、従来は「ヌは動作の完了のみを意味し、ツは完了とともにその結果の遺存することを意味する」(上代語辞典編修委員会編 1985:551-2。例はそれぞれp458p551)と考えられています。
 *thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e_wave.jpg(>thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e.jpgu)>thttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpgtshttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpg=tsu)。nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e_wave.jpg(>nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e.jpgu)>nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uu.jpg=nu)>。nhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/reverse_e_wave.jpgno
 *なお一部、鼻母音化記号http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/wave.jpgは省略してあります。

 このようにいま上にあげた言葉には語義と機能のそれぞれにおいて明らかな違いがみられます。しかしそれらの違いはそれぞれことなっていて、それらの対立を濁音化で考えたようなはっきりとした対立の形では言いあらわしにくいものです。しかしいま上でみたようにそれらの違いをある種の対立と考えることには問題がないでしょう。そこで今はここではそれらの違いを濁音化で考えたように「状態性」と「動作性」の違いとしてとらえることにします。そうするとそれらの語義の違いは、次のように考えることができます。

第一次語基   第二次語基
----------→C(状態性)/c(動作性)
 *Cは無声閉鎖音(kt/sp)、Ncは無声閉鎖音Cに対応する鼻音(http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/ng.jpgn/nm
 *鼻音化:ナ行音はt(タ行音)に対応する鼻音nt(チャ行音)に対応する鼻音http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/palatal_n.jpg(ニャ行の子音)の変化であるnの2種。(但し、ttからの変化でc[無声硬口蓋閉鎖音]に近い)。またkに対応する鼻音http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/ng.jpguに変化し(語末鼻音http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/ng.jpgはuに変化)、語末鼻母音と融合変化しました。 

 上にみられるCcの音韻変化を鼻音化と呼べば、日本語には鼻音化によって語基を「状態性」から「動作性」に変える現象があることがわかります。