「ハ行音の問題」について
(1999.09.03 更新)
このページは「ハ行音の問題」のつづきです。
D.問題3
13.ハ行音はF以下、なぜ違った変化をしたのか
E.問題4
14.なぜハ行音は変化をしたのか
F.日本語とオーストロネシア語族にみられるイ・シの相関について
G.あとがき
14.なぜハ行音は変化をしたのか(問題4)
さてハ行頭子音とハ行転呼音の変化の違いを先史時代におけるハ行の語頭phと語頭以外のpの違いが原因であると考えました。しかしハ行音がそもそもp→ph、p→pと違った変化をしたのはどんな理由によるのでしょうか。たとえば通説ではハ行頭子音の変化(p→F→h)を唇音退化という便利な言葉をもちいて説明しているのですが、ハ行頭子音の変化を唇の緊張が緩んだためと簡単にいってしまってよいのでしょうか。また大野氏はその原因として「日本人の顎の骨の後退」(大野 1974:96)と考えられましたが、この考えはどんなものでしょうか。なぜなら現代沖縄の八重山方言では「歯」をpa、花をpana(大野 1974:96)などと発音しているので、大野氏の考えからは八重山の人には顎の骨の後退がなかったことになります。でも八重山方言の発音を知ってしまえば、大野氏の考えはあまりにも単純すぎると見えないでしょうか。あたりまえのことですが、いま上で紹介したような単純な考察でハ行頭子音やハ行転呼音の変化が解けるわけがありません。
では新説をもう一度あげます。
ハ行頭子音の変化:pV→phV→pfV→FV→Fu/i/ha・he・ho
ハ行転呼音の変化:pV→pV→wa/i・u・e・o→wa/i・u・e・o
*語頭以外の変化(p→p)は前接辞sV(係助詞ゾ・副助詞シと同根)を想定してあります。また語頭の変化(p→ph)はいまは解けないので、ある前接辞を想定するにとどめておきます。
上の変化からわかるように、ハ行の語頭では唇音退化(p→ph→pf→FV→F//h)が、また語頭以外では喉頭音化してワ行音を発生させ(p→p→w→w)、平安時代頃よりはハ以外は音便化(p→p→v→V)しました。そしてこのハ行転呼の喉頭音化、それに続く音便化は前に考えた「櫂」の変化(kai→kai)にみられる母音連接を嫌う法則としてとらえることができます。
このように上にみた変化が生じる原因として、ハ行の語頭にある前接辞を、またハ行の語頭以外に前接辞sV(係助詞ゾ・副助詞シと同根)の消失をそれぞれ想定することによって、ハ行頭子音や転呼音の変化だけでなく、ワ行音の発生、中世の音便化や母音連接を嫌う法則など色々な問題をうまく説明することができます。
ここまで「ハ行音の問題」について考えてきましたが、ここで1から4までの問題の答えを、簡単にまとめておきます。
A.1の問題(ハ行頭子音の変化)
p→ph→pf→F→F//h
B.2の問題(ハ行転呼音の変化)
p→p→w→v→V
*ただし、w以下の変化は上記の変化に読みかえてください。
C.3の問題(ハ行音はF以下、なぜ違った変化をしたのか) 語頭はph、語頭以外はp
と違っていたため。
D.4の問題(なぜハ行音は変化をしたのか)
語頭のp→ph→pfの変化はある前接辞、語頭以外のp→pの変化は前接辞sV(係助詞ゾ・副助詞シと同根)の消失が原因。
E.ワ行音はどのような変化から生じたのか
pa→wa→wa(ハ行転呼音の後半の変化)
*ワ行音への変化はこちら。
ここで日本語における有気音化と喉頭音化について述べておきます。ここまで考えてきたように、ハ行頭子音と転呼音の変化の違いはそれぞれph、pの違いに基づいています。そこでその違いをそれぞれ有気音化と喉頭音化としてとらえ、それらを比較すると次のようになります。
ハ行頭子音(語頭) :p→ph(有気音化)
ハ行転呼音(語頭以外) :p→p (喉頭音化)
ところで前に「高い」と「硬い」の例をあげて、語頭と語頭以外にみられる有気音と無気音の違いから、カ行・タ行・ハ行の語頭と語頭以外の変化を考えました。その変化をもう一度、次にあげます。
(先史時代) (上代〜中世〜)
語頭 語頭以外 語頭 語頭以外
カ行:kh- k kh-
k
タ行:th- t th- t
ハ行:ph- p F以下 f以下
*F以下はハ行頭子音の変化、またf以下はハ行転呼音の変化。
上の変化は最初かりに考えたものなので、ここまでの考察でわかったハ行頭子音と転呼音の変化から類推して、先史時代から上代〜中世におけるカ行・タ行・ハ行音の変化を想定すると、次のようになります。
【有気音化】(語頭)
先史時代〜上代〜中世
カ行:k--→kh
タ行:t--→th
ハ行:p--→ph-→pf-→F→F//h
【喉頭音化】(語頭以外)
カ行:k--→k-----→v--------→V
タ行:t--→t------→v--------→V
ハ行:p--→p-----→wa/v----→wa/V
*語頭の変化にはある前接辞、語頭以外の変化には前接辞sV(係助詞ゾ・副助詞シと同源)の消失を想定してあります。
このように考えると、中世の音便などはカ行・タ行・ハ行音の喉頭音化としてとらえることができます。(先史時代におけるタ行の有気音化は破擦音t/tsを経てサ行音になっています。後の更新で考えることにします。)
ところで今回ハ行音の変化の原因として、ある前接辞やsVの消失を想定しましたが、前接辞sVについては日本語とインドネシア語の地名と人名にそれぞれイ・シの相関がみられるので、これについて次にみることにします。(ある前接辞やsVはそれぞれオーストロネシア語族の前接辞に比定することができると考えられますが、今回はそのことをきちんと証明することができませんので宿題とします)