「ティダ」の語源を探る
(2000.03.01 更新)
このページは前項「07.語基tとnについて」(1999.10.15 更新)からの続きです。
08.「シノノメ」「イナノメ」と「白」(シロ・シラ)の関係について
09.発光天体説について
10.鼻母音の音韻変化について
11.ガ行鼻濁音について
目次(「ティダ」の語源を探る)へ
まえがき(「ティダ」の語源を探る)へ
8.「シノノメ」「イナノメ」と「白」(シロ・シラ)の関係について
ところで前に発光天体が「のんの様」へと語義縮小したことをみましたが、この「のんの様」は古典語に見られる「シノノメ」「イナノメ」と関わりがあります。万葉集には次の言葉がみられ、それらに対する村山氏の説明をまとめると、次のようになります。(村山 1993:80-82。また村山 1988:210-211にも)
a) 「シノノメ」:sino1・no2・me2−夜の明け方
b) 「イナノメ」: ina ・no2・me2−「明け」にかかる枕詞
*添え字の1は甲類を、2は乙類をしめす(以下同じ)。村山氏の表記(sin no m/ina・no・m)はそれぞれ上のようにかえました。
ところで上の「〜ノメ」(no2・me2)はどちらも上代特殊仮名遣いでは乙類で表わされているので、「シノノメ」「イナノメ」は「シノの目」「イナの目」と考えることができます。そして「シノノメ」「イナノメ」はどちらも「明け」に関わりがあることから、「シノ」「イナ」に発光天体の語義を考えることにします。また「シナ」にs音消失(si>i)の変化を仮定すると「イナ」になるので、「イナの目」は「シナの目」からの変化と考えることができます。つまりこのようなことを考えあわせると、「シノノメ」「イナノメ」の語義の変化を次のように考えることができます。
a)「シノノメ」:発光天体の目(→「太陽」「月」)→夜の明け方
b)「イナノメ」:発光天体の目-→「太陽」----→夜の明け方→「明け」にかかる枕詞となる
*「イナノメ」には「シナノメ」からのs音消失の変化を想定してあります。
*村山氏はシナ>シノ、また*nt'ia>*ina>inaの変化を考えられておられます。(村山 1988:210)
このように考えた「シノ」「イナ」は「白」(しろ・しら)の言葉と関わりがあります。そこでその関係を知るために、「しろ」「しら」の古音を探ることにします。
「しろ」(白:siro1:o1は甲類)には交替形「しら」(白:sira)があり、母音o1とaの音韻交替が見られます。例をあげておきます。(それぞれ上代語辞典編修委員会編 1985:378、372-3、377、371)
母音o1 母音a
「白鳥」:siro1・to2ri(「しろとり」)---sira・to2ri(「しらとり」)
「白髪」:siro1・kami1(「しろかみ」)--sira・ka(「しらか」>「しらが」)
上の「しろ」(siro11)と「しら」(sira)に連濁(t→d、s→z)とr音化(d→r)を想定すると、「シロ」「シラ」は次のような音韻変化をしたと考えられます。
sit1→sid1→sir1→siro1(シロ)
sit-→sid-→sir →sira (シラ)
sir1・sir1-→siro1zir1-→siro1ziro1(シロジロ)
sir・sir --→sirazir---→sirazira (シラジラ)
*s→z、t→dの変化については後の更新(「連濁について」)で詳しく考察します。シラ(→sirau)→シロ(ロは甲類)。
上の「シロ」「シラ」の音韻変化からt1(1は甲類)とtの語基を引き出すことができ、また「シナ」にs音消失(sin→in→ina)を:考えると「イナ」からもnの語基を引き出すことができます。
ここでここまでの考察でわかった語基t、t、n、nから派生した言葉をまとめておくと、次のようになります。
《語基》
t :st→sira(シラ・シラジラ)
t :ttt→tento(「お天道様」)
:st→siro1(シロ・シロジロ)
n :s+n→ina(「いなのめ」)
:s+n→ina(「照るシナ」)
n :nn→nonno(「のんの様」)
:s+n→sino1(「しののめ」)
:s+n→sino(「照るシノ」)
*甲類・乙類の別がわかっているsiro1・sino1のみその区別を示しました。また前接辞s・接中辞tについてはとりあえずこのように考えておきます。
このように我々に馴染み深い「お天道様」は亀井氏が「…いまでは、たましひのなかにだけ、まざまざと生きてゐる廃語なのである。」(亀井 昭和48:129)として偲ばれる「のんの様」ともつながりがあり、古語「シノノメ」(細竹目)・「イナノメ」(稲目)や「シラ」「シロ」・「シラジラ」「シロジロ」(それぞれ共に白・白々)とつながっているばかりでなく、琉球方言の古語である「照るシノ」「照るシナ」ともつながっていることがわかりました。
ここで今まで触れてこなかった村山氏の発光天体説に触れてみたいと思います。村山氏は次のように述べておられます。(村山 1988:210))
「シノ<シナは『おもろさうし』のシノ,シナ,『混効験集』のシノの意味から見て,「光り」が原義であろうと思う。日本・琉球語祖形として*sina「光」を立てうると思う。デンプウォルフの再構する南洋語祖形*t'ina(*t'iaとすべきである)「光」にそれは対応するであろう。…(以下省略)」
*筆者注:sn(シナ)>snau>sino1(シノ:o1は甲類)
上の村山氏の考えを発光天体説ということにすると、上の引用でわかるように村山氏は日本祖語*sina(光)がオーストロネシア祖語(筆者注:村山氏の南洋祖語、南祖とも)*t'ina(光)と音・語義が対応すると考えられました。(この村山氏の考えは故泉井氏の「*t'ilak,*t'ilaw」《光、輝く、反映(する)》と「シラ・シロ」(白)との対応(泉井 昭和31:75:原載(「民族学研究」第17巻第2号 昭和28年3月)がもとになっていると思います。)
ところで上の村山氏や泉井氏の考えは「お天道様」「のんの様」「シノノメ」「イナノメ」「シラ」「シロ」「照ラ」や琉球方言の「照るシノ」「照るシナ」といった様々な言葉を解き明かすことのできる素晴らしい考えです。上の村山氏の考えにみられるsinaと*t'inaは次のように比較することができます。
日本祖語 :*sina (光)
オーストロネシア祖語:*t'ina(光)
*sは歯茎摩擦音、t'は前部硬口蓋破裂音、は有声軟口蓋摩擦音。t'はsと考えられます。(崎山 1978:119)
上の比較ではオーストロネシア祖語の語尾-が日本祖語には見られませんが、ここで日本祖語に語尾-の消失を想定すると、*sina(光)と*t'ina(光)は音・語義が対応しているのがわかります。
10.鼻母音の音韻変化について
ここまでの考察によって「お天道様」「ティダ」の言葉はオーストロネシア祖語の*t'ia(光)と対応しているのがわかりました。ところで上の対応はただ音と語義が対応しているだけなのでしょうか。それとも「お天道様」「ティダ」と*t'ia(光)の対応はもっと深いところに根があるのでしょうか。このことを考えていくために東北方言にみられる珍しい入りわたり鼻音(前出鼻音)についてまず考えることにします。
入りわたり鼻音とは北海道の留萌・江差方言などにみられる「カンベ
[kambe](壁)・「マンド」[mando](窓)」(平山 昭和43:128)や秋田方言の「マンズ(先ず)」(平山 昭和58:51)といった言葉に見られる鼻にかかった音を言うのですが、今では北奥羽の土地に見られるこの入りわたり鼻音もそのむかし都(今の京都)にもみられたことがポルトガルの宣教師ロドリゲスの書物(『日本大文典』 1603年 長崎刊行)からわかります。(小松 昭和56:147より孫引く)
「D・Dz・Gの前のあらゆる母音は、常に半分の鼻音かソンソネーテかを伴ってゐるやうに発音される。即ち、鼻の中で作られて幾分か鼻音の性質を持ってゐる発音なのである。(土井忠生訳、六三七)(改行)
「ソンソネーテ」とは、「皮肉な言ひ方などに於ける鼻にかかるような抑揚のある発音」(土井氏注)であるという。…(以下省略)」
そしてロドリゲスは鼻にかかる音として、「Mda」(未だ) ndo(二度) mdzu(先づ) guru(上ぐる) fanafda(甚だ) 「fgama」(羽釜)」(山田 1990:103より孫引く)といった言葉をあげています。そしてこの「濁音の鼻音性(筆者注:秋永氏の表記でb・d・z)は平安以後に著しかったようだが」「中央では近世初頃には失なわれて」(共に秋永 1990:103)きて、今では「まだ」「まず」のような音に変わっています。つまり当時の都で見られた鼻にかかる音(入りわたり鼻音など)消失は、次のように考えることができます。(ここでは二音節の場合を考えています。以下同じ)
A.入りわたり鼻音の消失:CVC'V>CVC'V
B.鼻母音の消失 :CC'V>CVC'V
*C:子音、C':有声子音(=濁音:g・dz・d・b)、V:母音、:鼻母音、:入りわたり鼻音
ここで上の音韻変化にでてきた入りわたり鼻音・鼻母音と撥音の関係を見てみると、青森県・秋田県や岩手県の中北部では次のようなことが知られています。(それぞれ平山 昭和58:41,58,46)
「語中・語尾のガ行音・ザ行音・ダ行音・バ行音では,直前の母音が鼻音化するか,それぞれの子音が鼻音化するか,または,その両音間に鼻音が挿入されて発音される。」
上の現象を撥音のところで使用した記号を使って表わすと、次のようになります。
1.直前の母音が鼻母音化:CC'V
2.子音が鼻音化 :CVC'V
3.両音間に鼻音が入る :CVC'V
*C:無声子音、C':有声子音(g・dz・d・b)、V:母音、:鼻母音、:入りわたり鼻音、:鼻音(=撥音)
ところで上の現象では鼻母音()・入りわたり鼻音()・鼻音()のどれか一つの音が現れることから、これらの音はもと何かひとつの音からの変化であると考えることができます。そこでそのもととなる音を鼻母音()と考えると、次のような音韻変化を考えることができます。
イ.鼻母音→入りわたり鼻音:CC'V>CVC'V
ロ.鼻母音→撥音 :CC'V>CVC'V
*C・C'・V・・・は上に同じ。
上のように鼻母音が入りわたり鼻音に変化したとすると、都(今の京都)ではのちに鼻にかかる音(入りわたり鼻音・鼻母音)は消失しているので、その消失は次のように変化をしたと考えることができます。
CC'V>CVC'V>CVC'V
*C・C'・V・・は上に同じ。は入りわたり鼻音が消失したことを示す。
また前に撥音は平安時代頃から現れた現象でC>CVの変化をしたと考えたので、上の鼻にかかる音の消失変化と考えあわせて、鼻母音の音韻変化を次のように考えることができます。(ここでは二音節の場合を考えています。)
甲:鼻母音→入りわたり鼻音→消失(CC'V>CVC'V>CVC'V)
乙:鼻母音→入りわたり鼻音→撥音(CC'V>CVC'V>CVC'V)
*C・C'・V・・は上に同じ。:撥音
このように鼻母音の音韻変化を考えると、中世にみられた鼻母音や入りわたり鼻音の消失や平安時代頃から現れた撥音についてうまく説明することができます。つまり甲の変化は古く奈良時代以前から見られ鼻母音の消失代償として連濁・連声などが起こっていたこと、乙の変化はより新しく甲の変化(鼻母音の消失)のかわりに撥音が発生したことをあらわしています。
ここまでの考察によって、鼻母音()・入りわたり鼻音()・鼻音(:撥音)の関係、またその変化の道筋がわかりました。そこでこれから入りわたり鼻音・撥音を生み出した鼻母音が日本語の中にどのように生きているのかをみるために、まず私達にとっては馴染み深い連濁について考えることにします。
連濁は「鳩」(hato)と「時計」(tokei)の複合語「鳩時計」(hatodokei)のように複合語後項の語頭が清音から濁音に変わる変化です。この音韻変化については村山氏がすでに次のような考えを出されています。(村山 1981a:156-7)
「現代においては,言語学者,国語学者は語中濁音の前の母音は古代において鼻にかかるもの(それをで表わす。V=vowel。は鼻にかかることを示す。)であったことを推定している。濁音は*NC(Nは鼻音 m,n,C=consonantは b,d,gのような有声子音又はp,t,kのような無声子音を表わす)に由来することがしだいに明らかになってきた。言いかえれば、「濁音」というのは鼻音結合(nasal combination ,ドイツ語 Nasal-verbindung)に由来するという見解が確立されつつある。」
上の「濁音は鼻音結合に源がある」という考えから、「月」の重複語「月々」に対して、次のような音韻変化を考えることができます。
tuk+・tuk→tukduk→tsukidzuki(月々)
*奈良世では「月」はtuk。のちtuk→tsuki(橋本進吉 1980:141)
ところで上の音韻変化の中で鼻音結合として鼻音を考えましたが、撥音が平安時代頃から生まれた新しい音であるのに対して、連濁は古代からみられる現象なので、この鼻音は撥音(ン)ではなく入りわたり鼻音()と考えることができます。そして前に入りわたり鼻音は鼻母音から音韻変化をしたと考えたので、「月々」は次のように変化したと考えることができます。
tuk+tuk→tuktuk→tukduk→tsukidzuki(月々)
上のように考えると、「月」の古音をtukと考えることができます。つまり「月々」にみられる連濁は語末の鼻母音()が変化し、次音節の子音の前に入りわたり鼻音として現れたことによって生まれたものと考えることができます。
ところで上の連濁を生み出した語末の変化はこの外にも古語の連声・強調形・二重語(ダブレット)やお国訛りにもみられます。たとえば連声の「陸奥(みちのく)」「紅(くれない)」「三位(さんみ)」「安穏(あんのん)」、強めの「かんらから」(高い笑い声カラカラ。カンラカンラとも)、二重語の「たんび」(度:タビ)「かんな」(仮名:カナ)」や方言の「きんのー」(昨日:キノウ。滋賀方言など、多くの方言で)といった言葉は、次のように音韻変化したと考えられます。
mit(道)+ok(奥)>mitiok>mitinoku(陸奥:みちのく)
kur(呉)+aw(藍)>kureaw>kurenai(紅:くれない)
sm(三)+w(位)>samw>sammi(三位:さんみ)
n(安)+w(穏)>anw>annon(安穏:あんのん)
kr(カラ)+kr(カラ)>karkr>kanrakara(カンラカラ)
t(時)+p(接尾辞)>tap>tab>tambi(たんび:度)
k(か)+n(名)>kan>kanna(仮名)
k(昨)+n(の)+p(接尾辞)>kinofu>kinnou(→きんのー:滋賀方言など)
*t(時)は「しだ」(<し+た(時))にも見られます。(それぞれ上代語辞典編修委員会編 1985:353-4,436-7)
●「しだ(名)時。頃。中央語にはこの語の用例をみない。(以下省略)」
●「たび[遍](名)回数。助数詞として用いられることが多い。(以下省略)」
*p(フ)は以下の各語の考察より。(それぞれ上代語辞典編修委員会編 1985:244,241,281-2,295)
●「きのふ[昨日](名)きのう。(一部省略)【考】キはキソのキと同じもので、前日を意味する語構成要素か。フはケフのフと通ずるものであろうが、フが何を意味するかは未詳。→きそ・けふ」
●「きそ[昨夜](名)きのうの夜。(一部省略)【考】キはキノフのキと同じもので、ソは今夜を意味すると思われるコゾのゾと通ずるものであろう。(以下省略)」
●「けふ[今日](名)きょう。(以下省略)」
●「こぞ(名)今夜。ゾは昨夜の意のキソのソと同じ。(以下省略)」
*仮名遣いの甲・乙類は省略しました。また上の「たんび」のp、「きんのー」のp、「しだ」の「し」は今回はとりあえずぞれぞれ「接尾辞」「接尾辞」「接頭辞」と考えておきます。
このように語末の鼻母音が入りわたり鼻音になり、連濁・連声・強調形・二重語や方言形として現れたことがわかります。そしてこの入りわたり鼻音は平安時代頃から撥音(ン)に変化していったと考えることができます。通説でいわれているような、「みちのおく」(→「みちんおく」)→「みちのく」(陸奥)や「くれのあゐ」(→「くれんあゐ」)→「くれない」(紅)や「かりのな」(→「かんな」)→「かな」(仮名)といった、助詞「の」存在を認め、そこからの変化を考えることは後代の学者の捏造です。なぜなら「きのう」(昨日)の変化を通説のように「き+の(助詞)+ふ」→「きのう」と考えれば、私が話す方言形「きんのー」は「き+の(助詞)+の(助詞)+ふ」から「きんのー」に変化したと考えざるをえません。しかし「き+の(助詞)+の(助詞)+ふ」のような日本語は存在するわけがないからです。
ところでいま上で「みちのおく」→「みちのく」(陸奥)の変化が後代の捏造であるといったのですが、このような通説では連濁・連声・強調形・二重語や方言形といったものにたいしてすべてを合理的に説明できません。いままでの古語ひとつひとつに場あたり的に解釈をほどこす国語学者の方法論を考えなおす必要があります。
さて語末鼻母音が入りわたり鼻音となり、そののち撥音に変わったと考えましたが、琉球八重山の波照間方言には「sk-ng「月」;pato-ng「ハト」」(崎山 平成2:118-9)などのように語末に鼻音ngがみられます。そこでこの語末鼻音ngについて考えることにします。
先に「月」の古音をtukと考えたので、京都方言と波照間方言の「月」の音韻変化を、それぞれ次のように比べることができます。
鼻母音 入りわたり鼻音/語末鼻音(消失 /連濁)
京都方言 :tuk--------------→tuk -→(tuki「月」/tukiduki「月々」)
波照間方言:tuk(-→sk→)----→skng
上の比較からわかるように、波照間方言の語末鼻音ngは京都方言では消失していることがわかります。このように鼻母音の音韻変化を語末鼻音の消失(京都方言ほか)または残存(波照間方言)としてみれば、この語末鼻音の消失・残存の違いは動詞終止形にもみられます。この違いをみるために本土方言と首里方言(沖縄県那覇市首里)の動詞終止形を比べてみると、次のようになります。(首里方言は服部 昭和34:334より)
語末鼻音:消失 残存
書く(kak) :kaku(本土方言) [katu](首里方言)
上の比較からわかるように首里方言の動詞終止形にも鼻音ngがみられるので、語末鼻音ngのない本土方言とそれのある波照間方言・首里方言とを、それぞれ次のように比較することができます。
語末鼻音ngが無い/語末鼻音ngが有る
名詞 :本土方言 波照間方言
動詞終止形:本土方言 首里方言など
このような考えから名詞・動詞終止形の語末変化は次のように考えることができます。
語末鼻音消失/語末鼻音残存
名詞 :〜CV /〜CVng(波照間方言)
動詞終止形:〜Cu /〜Cung(首里方言など)
*C:子音、 ・:鼻母音、V・u:母音、ng:語末鼻音、:消失
上の対応から日本祖語の語末の変化を次のように考えることができます。(オーストロネシア語族に属するパラウ語との鼻母音の対応はこちら)
日本祖語
本土方言 :鼻母音-→語末鼻音消失(CV)
琉球方言(の一部):鼻母音-→語末鼻音残存(CVng)
*鼻母音の消失は連濁・連声・強調形・二重語・方言形や撥音を生みだしました。
追記(2002.5.25)
先日上の日本祖語における語末鼻音の存在を指摘している論文の紹介記事(村山 1981a:86-7)をみつけました。その語末鼻音の存在を最初に主張されたS.A.スターロスティン氏の先見性と、そのことを紹介された村山氏の名を記念すべく、それをここに紹介することにしました。(私の見解はこちら)
「第六章 波照間の方言の-について
――「名」「歯」「雲」を表わす琉球語の祖形――
琉球列島の最南の島は波照間ハテルマ島であるが,この方言には琉球諸方言のみならず,日本方言と異なる独特な点がある。それは,他の方言では母音に終わることばが,この方言で語末に-を示すものがあることである。この事実に特別な注意を払い,それが原始日本語の鼻音*-(-mか-nか-か,その質はわからない)の名残であろうと最初に指摘したのはソ連のS.A.スターロスティン君である(以下、村山氏と彼との出会いは省略しました。)「原始日本語音韻体系再構の問題について」(「印欧諸語比較・史的文法会議」報告要旨集,モスクワ 1972年,pp.72-74)の中でスターロスティン君は原始日本語の語形を波照間方言の-を参照して,次のように再構した。
「痣」 *anca
「栗」 *apa
「雲」 *kmua
「目」 *mai
「名」 *na
これらの再構形から出発して外国語との比較に進んだわけではなかった。もしスターロスティン君が琉球列島に近い台湾やそれらにつらなるフィリピンの諸言語,さらにマリアナ群島のチャモロ語に目をそそいだなら,興味ある比較研究の成果をあげ得たのではあるまいか。・・・・・(以下省略)」