「ハ行音の問題」について
(1999.09.03 更新)
このページは「ハ行転呼音の問題」のつづきです。
問題2
8.中世の音図でなぜヲとオの位置が逆になっていたのか
9.ハ行転呼音になぜ喉頭化母音はあらわれたのか
10.古代日本語のどんなところに喉頭化母音がみられたか
11.ワ行音のヲはなぜ高いアクセントをもっていたのか
12.再びハ行転呼音の変化について
通説:FV→wV→V(ただし、「ハ」はFa→waに変化し、その後変化せず)
*F:両唇摩擦音、w:半母音、V:母音
12.再びハ行転呼音の変化について(問題2)
さてワ行音のヲが高いアクセントをもっていたことは前接辞sV(係助詞ゾ・副助詞シと同根)の消失代償として説明しましたが、ハ行転呼音の変化はよく知られているようにハとハ以外で異なった変化をしています。ではなぜこのように違った変化をしたのでしょうか。
この問題を考えるために、もう一度ハ行転呼音の変化、ワ行音の変化そしてハ行転呼音の通説を比べてみると、次のようになります。
(ハを除く)ハ行転呼音の変化: pV--→pV---→V---→V
ハの転呼音の変化 :(pa--→pa--→)wa
ワ行音の変化 : wV--→V
ハ行転呼音の通説 : FV-----[→wV]--→V
*[ ]の変化は通説による。Vは母音。は喉頭化音。但し、ハの変化はpa/Fa→wa。
*ハの転呼音の変化はこれから考察するので、とりあえず( )のように考えておきます。
ところで中世ではハをのぞくハ行転呼音がワ行音に変化した事実がないことから、ハ行転呼音の通説がまちがっていることはすでに述べました。しかし上の比較をみればわかるように、ワ行音の変化がハの転呼音の変化の後半部分であると考えることは理にかなっているように思われます。そしてそのように考えると、ハとハをのぞく両者のハ行転呼音の変化が違っているとしても、やはり何か同じものからの変化であると考えるのが自然です。つまりハ行転呼音の変化はpV→pVと変化したのち、何らかの理由によってハはpa(ハ)→wa(ワ)に、ハをのぞくものはpV(ハをのぞく)→v(喉頭化母音)→V(喉頭化母音の消失)と変化したと考えることができます。そしてこの考えはハ行転呼音の変化ばかりでなく、古代におこったであろうワ行音の変化もpV→wVとして、むりなく説明することができます。
ところでハとハを除く両者のハ行転呼音の変化と古代におこったであろうワ行音の変化を何か同じものからの変化であると考えるためには、pV以降の変化をどのように考えればよいのでしょうか。そこでこの問題を解くために、ハ行転呼音の変化にみられる喉頭化音がワにもみられると仮定します。そうするとハ行転呼音とワ行音の変化は次のように考えることができます。
〈ハ行転呼音の変化〉
A.ハ : pa-→pa--→wa----→wa
B.ハを除く: pV1→pV1(→wV1)-→V1→V1〈ワ行音の変化〉
C. [pV→pV--→wV--→]wV→V
*Vは母音。V1はハを除く母音。は喉頭化音。但し、[ ]の変化は上代以前に完了済み。( )の変化はこれから考えます。ここでは上代特殊仮名遣いは考慮しません。
このようにハ行転呼音とワ行音の変化をある一つの変化から生じたと考えると、それらの変化を次のように定式化することができます。
pV→pV→wV/V→wa/V
*ハ行転呼音のハはAの変化、ハ以外はBの変化、ワ行音はCの変化とそれぞれ読みかえること。
さて上のようにpVのあとにwVの変化を仮定すると、語頭以外のハ行音はまずpV→pV→wV/Vのように変化し、その後その喉頭化音が消失した(wV/V)と考えることができます。(但し、ワとハ行転呼音のハはワで変化がとどまっています。)
上の考えをわかりやすいようにまとめると、次のようになります。
1.喉頭化音の消失(ワ行音とハの転呼音の変化)
pV→wV→wV
2.半母音wの消失(ハ以外の転呼音の変化)
pV→V→V
ところでいまハ行転呼音の変化をうまく説明するために、pVからの変化を1(pV→wV)と2(pV→V)の二つの変化を仮定しましたが、どうしてこのように違った変化をしたのでしょうか。これからその理由を考えることにします。
<お断り>
ここまで考察をすすめてきましたが、更新の日もすぎてしまいました。しかしまだ頭のなかが整理できず、pV→wVへの変化をうまく説明することができません。そこでとりあえず私が考えていることを簡単に書くことにします。
1.ワ行音はわたり音の性格をもっていて、たとえばワはuとaが連続的に発音されるときにできる音(ua)なので、wa(ワ)はuaと考えることができ、pa(ハ)→ua→wa(ワ)の変化を想定できます
2.「豚」は首里方言でwaa。そして「首里方言のwaaのはかって,w-の前に母音が存在していたことを示すからです。waagaciワーガチ(上書き),wiiヰーウヘ「上」など参照。これに反して,w-の前に母音がなかったばあいは’w-です。’wacimiciワチミチ「わき道」,’waka=juワカユン「分かれる」,’wiiヲヒ「甥」。首里で「豚」はwaaですから,かつて母音はじまりのことばであったことがわかります。」(村山 昭和53:131)という考えはuV→wV(ワ)と考えることの正しさを裏書きするといえるでしょう。
3.ua→wa(ワ)と考えた上のuについては、次に引用する鼻音[]と同じと考えられます。
「さて「……川」の「が」だが、ガ行子音 は現在大まかには中国地方から西は[g]、近畿から東は[]の地帯といえる。京都では既に[g]に座をうばわれそうな勢いである。この他、高知・紀伊・新潟などのように、[g]の前に軽い鼻音が伴う[g」(g g両様)が残るが、これらについては大正三年(一九一四)来日したソ連の言語学者ポリワーノフの『日本語研究』(村山七郎編訳)に既にくわしい。」(秋永 1990:102-3)
これは字音語の語末鼻音m/n/ngがその後次のように変化しているからです。(橋本進吉 1980:162)
「…院政時代から鎌倉時代になると、次第にそのmとnとの区別がなくなって「ン」音に帰し(「覧」「三」「点」などの語尾mが「賛」「天」などの語尾nと同じくn音になった)、またngはウまたはイの音になり(「上ジヤウ」「東トウ」「康カウ」などの語尾ウ、「平ヘイ」「青セイ」などのイは、もとngである)、……(以下、入声音の語尾p・t・kの変化は省略)」
つまり中世日本語では語尾のは「ウ」に変化しているので、このuを鼻母音[](V:母音)が非鼻母音化したものと考えます。そうするとp(ハ)→ua→wa(ワ)の変化を考えるためにはp(ハ)の前に鼻母音化音()のような音の存在が必要です。ではこの鼻母音化音()に変化したもとの音とは何なのでしょうか。
*筆者注:上記「つまり」からここまでは私の考えをうまく書けていなく理解されにくいと思われたので本日(2005.8.26)書き改めました。
このあとも色々と考えはあるのですが、まだ少しもまとまっていません。今回ハ行転呼音の変化をうまく解き明かすことができませんでしたが、「日本語起源論」解決への作業手順は皆さんに示せたのではないかと思います。中途半端な議論になり、また更新が遅れたことをお詫び申しあげます。
1999.9.3 ichhan
*このワ行音の変化についての新しい考察はこちら。またワへの変化はこちらに。(この項は2005.6.1追記)