「ティダ」の語源を探る
(2000.09.01 更新)
このページは前項「13.鼻音化について」からの続きです。
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14.濁音化と鼻音化の音韻変化について
ここまでの考察によって日本語には清音が濁音に、また清音が鼻音に変わることで、語義が「状態性」から「動作性」に変わる現象がみられることがわかりました。
さて上の濁音化と鼻音化のうち、まず濁音化(つまり連濁)にみられる音韻変化をみてみることにします。現代において連濁となっている言葉の多くが奈良・平安時代頃より清音から濁音に変わったことが知られています。例をあげると、次のような言葉にそれがみられます。(それぞれ上代語辞典編修委員会編 1985:401,747-8,451)
奈良時代 平安時代 室町時代 現代
注ぐ:そそく---------------→そそく---------→そそぐ
黄葉:もみち----→もみぢ(紅葉)--------------→もみじ(紅葉)
誰 :たれ---------------→だれ(近世以後)--→だれ
*[momiti](もみち)→[momidi](もみぢ)→[momidi](もみじ)(小松 昭和56:304-6)
*「だれ」(近世以後)は日本大辞典刊行会編13巻 昭和50:228
ところで古代には濁音の前に入りわたり鼻音がみられることから、たとえば連濁を起こした「やまがは」(山川)・「やまどり」(山鳥)・「やまびと」(山人)の音韻変化は、次のように考えることができます。(なお入りわたり鼻音は現代の東北方言にみられます)
やまがは:yamkap>yamakap>yamagaw>yamagawa
やまどり:yamtor>yamator>yamador>yamadori
やまびと:yampit>yamapit>yamabit>yamabito
*入りわたり鼻音(・n・m)はであらわしてあります。
*上代特殊仮名遣いの甲・乙類は省略。またここでは語頭・語中における鼻音化(CCなど)はまたのちほど考えることにして、語末のみ鼻音化(CVC)を考えてあります。
*ハ行音はp>hの変化をしたと考えられるので、「かは」(川)と「ひと」(人)はそれぞれkap・pitにもどしてあります。
上の音韻変化から連濁における複合語後項の頭子音の変化は次のように形式化することができます。
清音→入りわたり鼻音付き清音→入りわたり鼻音付き濁音→濁音
C---→C----------------→C'------------------→C'
p,t/ts,k
mp,nt/nts,k mb,nd/ndz,g b,d/ds,g
*Cは無声頭子音([p,t/ts,k]:清音)、C'は有声頭子音([b,d/ds,g]:濁音)。は入りわたり鼻音([m,n/n,])。C・C'はそれぞれ無声・有声鼻音化子音([mp,nt/nts,k]・[mb,nd/ndz,g]:入りわたり鼻音付き清・濁音)
*ハ行音(p>h)、サ行音(ts>s)、ザ行音(dz>z)。
上の音韻変化をみればわかるように、清音が濁音に変わる連濁は清音が鼻音化子音(C・C')に変わる音韻変化を通じて生まれていると考えることができ、その変化は次のように形式化することができます。
連濁:清音-→鼻音化子音-→濁音
音韻:C----→C(→C')--→C'
*C・C・C'・C'はそれぞれ上に同じ。
*但し、語中・語尾のガ行音は(ガ行鼻濁音)からgへの変化が進行中です。(このページの最後にある「注」を参照ください。)
つまり連濁(濁音化)というのは清音から鼻音化子音(→濁音)への音韻変化であるのですが、「濁音化について」で考察したように、語義については「状態性」→「動作性」の変化がみられます。そこでこの音韻変化と語義変化を対照比較すると、次のようになります。
<濁音化現象>
一次語基 二次語基
音韻:清音-----→鼻音化子音→濁音
語義:状態性---→動作性
*C(清音)→C(入りわたり鼻音付き清音)→C'(入りわたり鼻音付き濁音)→C'(濁音)
*C・C・C'・C'については前記参照。
次にもう一つの音韻変化である鼻音化を考えることにします。前の「鼻音化について」で考察したように、日本語にはC(無声閉鎖音:清音)→Nc(有声鼻音:・ナ・マ行)の変化がみられるのですが、ではなぜ・ナ・マ行は発生したのでしょうか。そこにはどのような音韻変化があるのでしょうか。この問題を考えることにします。
中世の音便の発生について考えたように、当時の都で見られた入りわたり鼻音の消失は鼻母音からの変化であると考えました。その変化は次の通りです。
<鼻母音からの音韻変化>
C1C'V2--→CV1C'V2-----→CV1C'V2
(鼻母音---→入りわたり鼻音--→消失)
*C:無声子音、C':有声子音(g・dz/d・b)、1:鼻母音、V1:V2は母音、:入りわたり鼻音、:入りわたり鼻音の消失をあらわす。(詳しくは「10.鼻母音の音韻変化について」を参照ください。)
また色々な音便を統一的に解釈するために、閉鎖音や歯茎摩擦音の喉頭音化を考えました。次のようになります。
CV→CV→v(→V)
*C:閉鎖音もしくは摩擦音、V:母音、vは喉頭化母音、は喉頭化音。(詳しくは「10.古代日本語のどんなところに喉頭化母音がみられたのか(問題2)」を参照ください。)
上の二つの音韻変化から「鼻音化」(C→Nc)の発生を考えることができます。
C11C2V2--→C1V1C2V2--→C1V1v2--→C1V1NV2
*C1・C2:無声子音(閉鎖音もしくは摩擦音:清音)、1:鼻母音、V1・V2は母音、v2:喉頭化母音、:入りわたり鼻音、:喉頭化音。N:鼻子音(ガ・ナ・マ行の子音)
*たとえばみなし連声に見られる変化がこれです。例:mit(道)+ok(奥)>mitiok>mitinoku(陸奥)(ここでは喉頭化母音okに直してあります。詳しくはこちら。)
つまり清音からガ・ナ・マ行への変化はこのように考えることができます。(なおガ行音の語頭に鼻音が存在しないのは語末鼻音はuに変化し、語末鼻母音と融合変化したためです。(2003.5.1に次の考察を追加しました。→こちら)
このように鼻音行(ガ・ナ・マ行:鼻音化)の発生は清音から鼻子音への音韻変化と考えることができます。そして「鼻音化について」で考察したように、語義については「状態性」→「動作性」の変化がみられます。そこでこの音韻変化と語義変化を対照比較すると、次のようになります。
<鼻音化現象>
一次語基 二次語基
音韻:清音-----→鼻子音
語義:状態性---→動作性
*C(清音)→Nc(鼻子音)
*C・Ncについては前記参照。
さてここまでみてきたように、日本語には上にみたような「濁音化現象」「鼻音化現象」がみられます。そしてここれらの現象はオーストロネシア語族の一大特徴であると考えられている《前鼻音化現象》によく似ているのです。詳しい考察は次回からはじめるとして、ここではその似かよりを簡単にみておくことにします。
<日本語>
音韻変化:C→C→C'→C'(濁音化現象)/C→Nc(鼻音化現象)
清濁音の語義分化:状態性(非強調あり)→動作性(強調あり)
<オーストロネシア語族>(崎山 1978:113-5)
音韻変化:C・C'→C・C'(鼻音前出)/C・C'→Nc(鼻音代償)
語義分化:非強調→強調
*C・C・C'・C'・Ncについては前記参照。
*濁音化現象は連濁、鼻音化現象はガ・ナ・マ行音の発生。
*言語学では鼻音前出と鼻音代償をあわせて、前鼻音化現象と名づけています。
*ここでは通説に従い、前鼻音化現象の機能を「強調」としてあります。(崎山 1978:114)
ところでいまその似かよりを上のように対照してみましたが、両言語の音韻と語義の対応は似ているような、似ていないような感じをもたれたことと思います。しかしもし上の比較対照がただしく、そのことで上の似かよりが両言語にあらわれているのであれば、日本語とオーストロネシア語族は同系であると考える根拠がでてきたことになります。つまりもし前鼻音化現象が日本語にもみられるのであれば、そのことによってオーストロネシア語族と日本語は唯一同系であるという考えを提出することができるのではないでしょうか。
そのため次回はまず、日本人にはなじみのうすい前鼻音化現象(鼻音前出と鼻音代償)について、簡単にみてみることにします。そしてオーストロネシア語族にみられる前鼻音化現象が日本語のなかでどのようにあらわれているかを、更新を続けることによって少しづつみなさんに示していきたいと考えています。
<注>
古来より有声音(C')と鼻音(Nc)の間を行き来する音韻変化はみられるのですが、連濁(濁音化現象)において、ザ・ダ・バ行とガ行ではその変化に遅速があります。その変化の違いを比較すると、次のようになります。
ダ行音:t→nt→nd→d
ガ行音:k→k→g→g→→g
*t・nt・nd・d、k・k・g・gについては前記参照。
*→gの変化は現在、現代東京語で進行中。
ところで上の比較をみればわかるように、ガ行音のみがg(有声音:濁音)>(鼻音:ガ行鼻濁音)>g(有声音:濁音)といちはやく変化していることです。このガ行音の変化は国語史上の古音が残っているといわれる四国の高知県などのg(ンガ[ga])、そのむかし都(今の京都)にもみられた「皮肉な言ひ方などに於ける鼻にかかるような抑揚のある発音」として知られている、たとえば秋田方言の「マンズ」(先ず)にみられる入りわたり鼻音、「音楽学校」(onakugakkou)と「電気会社」(denkiaisha)にみられるgとの違い、また東京語における高い年齢層と低い年齢層の「鍵」の発音の違い(それぞれ[kai]・[kagi])から>gの変化がみられることなどの例証によって正しいと考えられます。(これらの変化については「11.ガ行鼻濁音について」をみてください。)
さて問題があります。ガ行音(連濁にかぎる)の変化がもしk→k→g→g→→gであったとして、ではなぜザ・ダ・バ行とガ行ではその変化に遅速がでたのか、なぜガ行音のみがg>>gといちはやく変化したのかということです。前々回から考えているのですが、その理由は不明です。前回更新を断念したのはガ行音の変化が早すぎるので、そんなに早く発音(ここではガ行音)は変化するのだろうかという疑問がわき、ガ行音の変化をk→k→g→→gではないかと考えてみました。でもこれではたとえばダ行音の変化はt→nt→nd→dであり、ガ行以外の行の変化と整合せず、具合いが悪くなります。そしてもしガ行音のみk→k→g→→gと考えるためにはg(入りわたり鼻音付き子音)→(鼻濁音)の変化の特殊な、他の行にはない原因をさがさなければなりません。これといったアイディもうかばず、更新期限が迫まり、とりあえず連濁における複合語後項のガ行頭子音の変化はk→k→g→g→→gであるとしておきます。(2003.5.1に次の考察を追加しました。→こちら)
<お断り>
更新期日がきてしまったため、特に<鼻音化現象>の音韻変化については不十分なまま更新することにしました。