「連濁はいつ起こるのか?」
(2004.06.01 更新)
このページでは再び「母」の変化を考えます。語頭のウの消失を入りわたり鼻音と関係づける考え方
01.はじめに
02.連濁とは何か
03.清濁と連濁の関係
04.清む(清音)と濁る(濁音)
05.ガ行鼻濁音
06.サ行の直音化について
07.タ行の破擦化について
08.ツァ行音について
09.四ツ仮名について
10.すずめはスズと鳴いたか?
11.ラ行音について
12.日本語にはなぜ行音(V-)がないのか
13.『どれが梅(むめ)やら梅(うめ)ぢややら』
14.「母」は「ハワ」から「ハハ」に先祖がえりをしたのか?
15.「ハワ」から「ハハ」への変化を仮定する
16.みたびハ行転呼音の変化を考える
17.促音便ってなに?
18.特殊ウ音便と撥音便・促音便の交替はなぜ起こったのか
19.「人」の語源を探る
20.「西」と「右」の語源を考える
21.再び「母」の変化を考える
目次(「連濁はいつ起こるのか?」)へ
21.再び「母」の変化を考える
はじめに
以前(2003.12.01)の更新で「母」の変化を考察しました。文献に残された表記によれば「母」は古代にはハハ、中世にはハワ、近世にはハハであったので、このことから「母」はハハ→ハワ→ハハと変化したと考えることができます。つまりこの変化を信じれば、中世以降ハワはこつぜんとこの世から消えてしまい、近世に再びハハへと回帰したと考えられることになります。そしてこのようなとてもありそうでないハハへの回帰は世間の片隅に生き残っていた俗な言葉のハハが復活したためであると通説は説明しています。しかしこの「記憶の伝承説」はハハの復活を俗な言葉のハハが生き残っていたと考えるばかりで納得のいく説明にはなっていません。そこで私は中世のハワが近世ハハに戻った原因を説明するために最初大胆な仮説を考えつきました。そしてその仮説を考えついたことによって「「母」は「ハワ」から「ハハ」に先祖がえりをしたのか?」で紹介したような考察をすることができました。そして音便の問題や「人の語源」といった問題も考察したのですが、3月1日の更新まぎわになり、その考察にも問題点(それ以降の追記も見てください)をみつけました。そのため文章を全面的に書き直そうとしたのですが、時間もなく、すぐにはその問題を解決できなかったので宿題とすることにしました。今回やっと中世以降の「母」の変化を解くことができたので、これからそれを紹介したいと思います。(なお前回の更新で約束していました「西」と「右」の語源はこちら)
それではこれから中世のハワがこつぜんとこの世から消え、近世にハハが復活したように見える本当の理由を考えることにします。前回の更新で考えた「母」の変化を、もう一度掲げます。
古代以前 キリシタン文献 近世以降ー現在
パパ(pp)---→ハハ1(faf)----→ハハ2(faf)---→ハハ3(hah)----→ハハ4(haa)
└-→(faw)---→ハワ1(fau)---→ハワ2(haw)------→ハワ3(hawa)
ところでもし上の変化が正しいとすれば、古代語パパからの変化であるfafとfawの後継者である二重語ハハ2とハワ1がその後こつぜんとこの世から消えうせ、たまたま地方かどこかに生き残っていたハハ3が復活し、現在のハハ4に継承されていることになります。そしてこの考えが「記憶の伝承説」というものですが(通説が上のような詳しい変化を考えている訳ではもちろんありませんが)、この考えには重大な問題があります。なぜならこの「記憶の伝承説」では俗なことばが生き残っていたと考えるのですが、現実の方言分布でわかるようにハハはほぼ全国に見られ、とても鄙に生き残っていたと考えることはできないからです。上記の個々の変化は正しいとしても「記憶の伝承説」そのものは認めることはできないでしょう。つまり「母」の変化に上のようなfafとfawの二つの変化を考えることが問題なのです。たしかにハワがその後こつぜんとこの世から消えうせ、生き残っていたハハが復活したように見えるのは事実ですが、このように考えてくると古代語パパ(古典語表記ハハ)→中世語ハワ→近世語ハハという一筋の変化を考えるのが正しいということになるでしょう。そしてこのようなありそうもなく見える一筋の変化を考えれば、ハワがその後こつぜんとこの世から消えうせ、生き残っていたハハが復活したように見えるという事実とうまくあうことになります。さて「母」の変化をどのように考えればよいのか方向性は見えてきたので、これから中世語ハワが近世語ハハに変化したという、とてもありそうもなく見える「母」の変化を解いていくことにします。
まず「母」の変化という難問を解くために役に立つ、前回の更新で考えた音便などの変化をもう一度、次に引用します。(母音が無声化する中世以降の変化はこちら)
C.古い変化(母音は無声化せず)
5.全段転呼:kapi--------------------→kai-------→kai(「貝」:ハ行転呼音)
6.イ段転呼:kakite------→kaxite-----→kaite------→kaite(「書いて」:イ音便)
7.イ段転呼:samuku-----→samuxu----→samuu----→samuu(「寒う」:ウ音便)
*ただし、ハ行転呼音の「ワ」の変化は次回の更新で考察します。
上の変化は中世までに起こった変化(ハ行転呼音・イ音便・ウ音便)ですが、ここで注意すべき点は母音の無声化が起こる前に喉頭化音消失の変化が起こっていることです。そこでこの母音の無声化が起こるまえに喉頭化音の消失が起こる古い変化を古代語パパ(pp)に適用すると、次のようになるでしょう。
喉頭音化 転呼音化 喉頭化音消失 母音の無声化
(pup-→pu)----→fu---------→f
*pp→pのような転呼音化を考えずに、uを添加したpup→puのような変化については次回の更新で詳しく考察します。
*喉頭化音消失で(pu→)pu(/p/:両唇閉鎖音)のような変化ではなく、fu(fは//:両唇摩擦音)のような変化を考えたのは中世以降ファファのように両唇摩擦音に変化している事実に基づいています。
さて以前橋本氏の表記にみられるようにワは母音uと母音aの結合であり、ファは無声化音と母音aの結合であるので(→こちら)、上の喉頭化音消失以後の変化は、次の下段のように書くこともできるでしょう。
喉頭化音消失 母音の無声化
fu----------→f
fw(ファワ) ff(ファファ)
*(aの鼻母音)のカナ表記はアで代用しています。
ところで上の変化にみられる子音f(//:両唇摩擦音)がその後h(/h/:声門摩擦音)にかわったと考えられるので、その変化をつなぎあわせると、次のようになります。
fw---→ff--→hh--→ha--→haa
ファワ ファファ ハハ
*h:無声声門摩擦音(/h/)。:有声声門摩擦音(//)。aはhaの連濁。
このように上のような変化を考えると、ファワがファファからハハに変化したことがわかります。つまり上のような変化を考えると中世に表記されたハワ(fu=fw)がこつぜんとこの世から消え、近世にハハ(haa:hahaの連濁)が復活したように見える謎が解けることになります。問題はまだまだありますが、とりあえず古代語パパ(上代の表記はハハ)からの変化をまとめると、次のようになります。
喉頭音化 摩擦音化 喉頭化音消失 母音の無声化 声門摩擦音化 連濁
(p・X・p→)pu--→fu---→fu(=fw)--→f(=ff)--→hah---→haa
ハハ ハワ ハハ
*Xは接中辞のようなものと考えておきます。
ところで上ではp・X・p→pではなく、p・X・p→puのような変化を考えたのですが、このようにuを語中に添加したことについては、以前やり残してある問題とつながるもので長い考察が必要です。そのためp・X・p→puの変化については、次頁で少し考えることにします。