「連濁はいつ起こるのか?」


2005.03.01 更新)

 このページでは琉球語の助詞「ヤ」について紹介します。

 01.はじめに
 02.連濁とは何か
 03.清濁と連濁の関係
 04.清む(清音)と濁る(濁音)
 05.ガ行鼻濁音
 06.サ行の直音化について
 07.タ行の破擦化について
 08.ツァ行音について
 09.四ツ仮名について
 10.すずめはスズと鳴いたか?
 11.ラ行音について
 12.日本語にはなぜhttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/nga1.jpg行音(http://ichhan.sakura.ne.jp/mark/ng.jpgV-)がないのか
 13.どれが梅(むめ)やら梅(うめ)ぢややら
 14.「母」は「ハワ」から「ハハ」に先祖がえりをしたのか?
 15.「ハワ」から「ハハ」への変化を仮定する
 16.みたびハ行転呼音の変化を考える
 17.促音便ってなに?
 18.特殊ウ音便と撥音便・促音便の交替はなぜ起こったのか
 19.「人」の語源を探る
 20.「西」と「右」の語源を考える
 21.再び「母」の変化を考える
 22.再びワ行音の変化を考える
 23.ワ行音と合拗音の関係を考える
 24.琉球語の助詞「ヤ」について

目次(「連濁はいつ起こるのか?」)へ  


24.琉球語の助詞「ヤ」について

 琉球語に本土方言の助詞ハに対応すると考えられる助詞ヤがあります。この「ヤ」については、明治時代那覇に滞在したチェンバレン氏の次のようなエピソードが残されていて、言葉に興味ある人にとって大変参考になると思いますので、以下紹介することにします(山口栄鉄 1976:22-3)。

「(前略)例えば、「煙草」という語を取りあげて見るに、なにゆえ我が琉球の友人達は、時折りそれをtabakuと称し、ある時はまたtabakōと言うのでありましよう。始め、私は聞き違いをしたに違いないと思ったものでした。しかし、やはりその事は聞き違いではなかったのであります。来る日も来る日も、その琉球の長い煙管から出る煙と共に先ずtabakuそしてtabakōが彼等の口をついて出るのでありました。そのことで長い間、迷った挙句、ついにある日、とある考えが浮かんだのであります。――tabakuは一個の単語であってtabakōは日本語のtabako waに相当するものではなかろうか。琉球語にはwaに相当するものがなく、この仮説は、それが欠けていることを証するものなのかも知れない。この推量の正しいものであることが判明したのであります。というのは、日本語の構文でwaの使用を必要とする文章を比較することによってテストし得るすべての例において、琉球語の名詞の語尾に一種の変化が認められたのであります。事実、一種の語形変化なのでありまして、更に研究の結果、この変化及びその後確認した2・3のものが、単語の語尾の母音によって規則的な変化を見せることが分かったのであります。・・・・・(後略)」

 この助詞ヤは先行語の語尾によって語末音がかわるという性質があるので、その融合変化がどのようなものであるかを、次に琉球語のなかの首里方言で見ておきます(中松 1973:71)。

3.3.1 係助詞ja
   特徴
首里方言の係助詞jaは、国語の係助詞「は」に相当する。
形態素{ja}は、形態音韻論的環境によって、その音声的形をかえることがある。すなわち、先行する形態素の末尾音素が、短母音音素i,a,uの場合には、次のようになる。
   /-i//ja//-ee/
   /-a//ja//-aa/
   /-u//ja//-oo/
そのほかに、
   /-N//ja//-noo/
ただし、wahttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/nasal-n.jpg(我)には、
   /-wahttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/nasal-n.jpg//ja//wahttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/nasal-n.jpgnee/
首里方言の係助詞は、主格助詞にも付きうる。たとえば
   係助詞ga+係助詞jagaa(がは)
   係助詞nu+係助詞janoo(がは)」

 上のように助詞ヤは融合変化を起こすのですが、少しわかりにくいと思いますのでウチナーグチ(沖縄方言。ここでは首里方言)における、その変化例を挙げておきましょう(船津 昭和63:14-5)。

A.助詞「や」の直前の音が「ア」列単音のときは、「ア」列の長音に変わる。
 例:くま(ここ)+や(は)――→くまー/くまや(ここは)

B.助詞「や」の直前の音が「イ」列単音のときは、「エ」列の長音に変わる。
 例:くり(これ)+や(は)――→くれー/くりや(これは)

C.助詞「や」の直前の音が「ウ」列単音のときは、「オ」列の長音に変わる。
 例:はく(箱)+や(は)――→はこー/はくや(箱は)

D.助詞「や」の直前の音が「エ」列単音のときは、「エ」列の長音に変わる。
 例:ブーケ(ブーケ)+や(は)――→ブーケー/ブーケや(ブーケは)

E.助詞「や」の直前の音が「オ」列単音のときは、「オ」列の長音に変わる。
 例:ラジオ(ラジオ)+や(は)――→ラジオー/ラジオや(ラジオは)

F.助詞「や」の直前の音が長音のときは、「や」は変化せずそのままつく。
 例:やー(家)+や(は)――→やーや(家は)

G.助詞「や」の直前の音が「ん」のときは、「や」はこれと融合して「のー」に変わる。
 例:ちゃわん(茶碗)+や(は)――→ちゃわのー/ちゃわんや(茶碗は)
 例外:わん(私<我)+や(は)――→わんねー/わんや(私は)

   *( )内の語は対応する本土方言。
   *左が口語的、右は文語的。「なお、口語でも、語により人により、短音と「や」との融合がなく、文語的に話される場合もある」(船津 昭和63:15の注より)。
   *見やすいように、筆者が上のように文字の改変と整理をしました。

 このような助詞ヤ(とその融合)は八重山の鳩間方言にも見られます(加治工 昭和69:15)。

1.ヤのまま付加:ki:-ja maijahttp://ichhan.sakura.ne.jp/mark/uvular_n.jpg(木大きい)
2.マ行音に変化:summa sanu(損しない)
3.ア段長音に変化:ssa: so:riki(草取っておきなさい)
4.エ段長音に変化:sake: numanu(酒飲まない)
5.オ段長音に変化:pako: tara:nu(箱たりない)

 このようにこの助詞「ヤ」は沖縄ばかりではなく八重山にもみられるので、琉球語独自のものと考えられます(奄美・宮古の例は今回省略)。ところで「「や」は共通語の助詞「は」に当たる」(船津 昭和63:14)との考えは先のチェンバレン氏の煙草の考察でもわかるように間違いのない事実です。そこでひとつ疑問が湧いてきます。この「ヤ」は共通語の助詞「ハ」と同一起源なのでしょうか。それとも本土方言とは関係のない別起源のものでしょうか。これぐらい本土方言の「ハ」と琉球語の「ヤ」とは文法機能が似ているので本土と琉球で別々に発生したと考えるよりは同一起源のあるものが「ハ」と「ヤ」に形(その音)をかえたと考えるほうが理にかなっているのではないでしょうか。でもしかし本土方言の「ハ」と琉球語の「ヤ」とではあまりにもその音が違います。ではこの本土方言の「ハ」と琉球語の「ヤ」との大きな違いをどのように考えていくのがいいでしょうか。
 今回は時間がありませんので、次回この問題を考えたいと思います。

  *この問題の解答がチェンバレン氏によって出されているのを知りました。しかし現在の我々の目(言語学)から見てきちんとした解答にはなっていません。興味ある方は「琉球語文典および辞典にかんする試論(一八九五年)」の「第3章 孤立法」(由良 昭和57:190-6、山口栄鉄 2005:56−9)を見てください。