「連濁はいつ起こるのか?」
(2008.02.02 更新)
このページでは連濁現象についてまとめてみます。
01.はじめに
02.連濁とは何か
03.清濁と連濁の関係
04.清む(清音)と濁る(濁音)
05.ガ行鼻濁音
06.サ行の直音化について
07.タ行の破擦化について
08.ツァ行音について
09.四ツ仮名について
10.すずめはスズと鳴いたか?
11.ラ行音について
12.日本語にはなぜ行音(V-)がないのか
13.どれが梅(むめ)やら梅(うめ)ぢややら
14.「母」は「ハワ」から「ハハ」に先祖がえりをしたのか?
15.「ハワ」から「ハハ」への変化を仮定する
16.みたびハ行転呼音の変化を考える
17.促音便ってなに?
18.特殊ウ音便と撥音便・促音便の交替はなぜ起こったのか
19.「人」の語源を探る
20.「西」と「右」の語源を考える
21.再び「母」の変化を考える
22.再びワ行音の変化を考える
23.ワ行音と合拗音の関係を考える
24.琉球語の助詞「ヤ」について
25.琉球語の助詞「ヤ」の起源について
26.ワ行音とハ行転呼音はどのように発生したのか
27.連濁はなぜ起こるのかーア行音の問題
28.連濁はなぜ起こるのかーサ・タ行音の問題
目次(「連濁はいつ起こるのか?」)へ
28.連濁はなぜ起こるのかーサ・タ行音の問題
まずよく知られている四つ仮名の問題をまとめておきます。サ・タ行は現在次のような発音になっています。
サ行:サ シ ス セ ソ タ行:タ チ ツ テ ト
sa i s se so ta ti ts te to
ザ行:ザ ジ ズ ゼ ゾ ダ行:ダ ヂ ヅ デ ド
dza di dz dze dzo da di dz de do
これからわかるように母音に先だたれない(語頭の)ジとヂ、またズとヅは同じ発音ですが、これらの区別は高知県には現在も残っていて四つ仮名として知られています。『NHK 日本語発音アクセント辞典』には次のような例があがっています(NHK
放送文化研究所編 1998:130)。
[ui](富士)----------[udi](藤)
[kuzu](葛くず:植物名)---[kudzu](屑)
ところでこの四つ仮名の区別は中世の十六世紀にすでにみられたことがキリシタン文献の記録などからわかるのですが、この四つ仮名の区別は現在消失しつつあります。通説ではその変化は次のように考えられています。
ジ:i(シ)-----------------------(連濁)------------------------→i(ジ)
ヂ:ti(ティ)--(破擦化)--→ti(チ)--(連濁)-→di(ヂ)--(破擦音弱化)-→i(ジ)
ズ:su(ス)----------------------(連濁)------------------------→zu(ズ)
ヅ:tu(トゥ)--(破擦化)-→tsu(ツ)--(連濁)-→dzu(ヅ)--(破擦音弱化)-→zu(ズ)
*破擦音弱化についてはこちら。
つまりもともとジ・ヂとズ・ヅの区別があり、その後ジとヂ、またズとヅとの差異が小さくなり次第に混乱をきたしてついにヂがジに、ヅがズに混同(合流)したと考えるのが通説です。しかしそれとは逆のジ・ズがヂ・ヅにそれぞれ合流したと思われる次のような観察もまた存在しています。(外山 昭和47:248-9)
「・・・これ*によれば、契沖の観察によっても、京、田舎(どこであるか不詳)とも四つ仮名の混乱は相当に進んでいたと見られるが、ただ、京都では「ヂ・ヅ」→「ジ・ズ」の方向に、田舎では「ジ・ズ」→「ヂ・ヅ」の方向に混乱が起きていたことになる。・・・(以下中途省略。詳しくはこちら。)・・・
つまり当時の京都においては、
「ジ・ヂ」→「ジ」(〔i〕〔di〕>〔i〕)
「ズ・ヅ」→「ズ」(〔zu〕〔dzu〕>〔zu〕)
と一般的には破擦音の摩擦音化という傾向を示していたのであるが、前に撥音が来るばあいにかぎり、
「ジ・ヂ」→「ヂ」、「ズ・ヅ」→「ヅ」
のごとく逆に摩擦音の破擦音化の現象が起きていたと云うのである。・・・(以下省略。)」
*筆者注:『和字正濫鈔』(元禄六年(一六九三)成立、同八年刊行)のこと。
このような観察に誤りがないとすれば四つ仮名の混乱の方向は京、田舎では逆になっていたばかりでなく、京でも「前に撥音が来るばあい」という条件では逆の変化がおきていたことがわかります。つまりこのような観察からもヂがジに、ヅがズに混同(合流)したと考える通説には大きな問題があることがわかります。
詳しい考察は以前の更新を見てもらうことにして、四つ仮名の変化は次のようであると考えられます。
上代以前 上代 中世 現在
シ:ti---------------------→ti(シ)-------------→i(シ)-----→i(シ)---→【si】
チ:ti---------------------→ti-----------------→ti(チ)-----→ti(チ)--→【tsi】
5世紀 8世紀頃 中世 現代
ス:tu---→tsu---→su(ス)--------→su(ス)--------→su(ス)-----→su(ス)
ツ:tu--------------------------→tu(ツ)--------→tsu(ツ)----→tsu(ツ)
*【 】への変化は現在東京近辺の若者(女性)にみられるものです。
*上代のシから中世のチの表記上の変化は「すずめ(雀)しうしう」→「すずめ(雀)ちうちう」に見られます。新しい考察はこちら。
*シ・セを除くサ行の変化は上のスに同じ。セは中世以降e-→seと変化しました。
*ti→ti,tu→tsuへの変化はこちら。
また四つ仮名(シ・ス・チ・ツ)の濁音であるジ・ズ・ヂ・ヅへの変化は次のように考えられます。
5世紀 上代 現代 京都方言
ジ:ti------------→ti(シ)-------------(連濁)---→di/i(語頭/語中尾)---→i
ズ:tu----→tsu------------------------(連濁)---→dzu-----------------→zu
ヂ:ti-------------→ti(チ)------------(連濁)---→di------------------→i
ヅ:tu------------→tsu(ツ)------------(連濁)---→dzu------------------→zu
*( )内のカタカナは当時の表記。
*ジを除くザ行音(語頭音dz-と語中・語尾音-z-)の違いについてはこちら。
*ジの発音についてはこちら。
*十六世紀末ころのサ・ザ、タ・ダの四行(『仮名文字使蜆縮涼鼓集けんしゅくりょうこしゅう』)についてはこちら。
高知や九州などのジ(下記の左項)・ヂ(下記の右項)の発音は次のとおり。
高知方言 :[ui](富士:ふじ)/[udi](藤:ふぢ)(NHK
放送文化研究所編 1998:130)
高知 :[i](摩擦音【i】)/[di](破裂音【di】)(城生 1977:134)
九州の大部:[i](摩擦音【i】)/[i](破擦音【di】)(城生 1977:134)
*城生氏のものは精密表記、【 】内は筆者が追加した簡略表記。
上の高知や九州などの古いとみられる音からの変化を次のように考えることができます。
ジ[高知・高知(城生)・九州の大部(城生)]:ti----→di---→i
ヂ[高知] :di----→di
ヂ[高知(城生)] :di----→di
以上比較した方言からジ・ヂの変化は次のように考えることができます。(以下、わかりやすいように2009.1.29書き換えました)
奈良時代頃 四つ仮名時代 現代
ジ:ti(シ)-----(連濁)-----→di(ジ)------------→i(ジ)---------→i(ジ)
ヂ:ti(チ)----(破擦音化)---→ti(チ)---(連濁)---→di(ヂ)--------→i(ヂ)
奈良時代頃 中世 現代
例:京都方言 ti(シ)------→di(ジ)-------→i(ジ)--------→i(ジ)
ti(チ)---→ti(チ)-----------→di(ヂ)-------→i(ヂ)
例:高知方言 ti(シ)------→di(ジ)-------→i(ジ)--------→i(ジ)
ti(チ)---→ti(チ)-----------→di(ヂ)-------→di(ヂ)
例:中世の田舎方言 ti(シ)------→di(ジ)-------→di(ジ)
ti(チ)---→ti(チ)-----------→di(ヂ)
*ここではジを除くザ行音の語頭音(dz-)と語中・語尾音(-z-)の違い(こちら)は省略してi(ジズ)にしてあります。
1.ジとヂが混同(合流)したようにみえる理由
中世以前にシ(上代の発音はti)の連濁ジ(di)が生じ、チ(上代の発音はti)も連濁を起こしdiとなったため中世頃には四つ仮名と呼ばれるジ(i)とヂ(di)の違いが発生しました。しかし中世以後京都方言では破擦音ジ(di)が弱化してiになったためi(ジ)とdi(ヂ)が同音となり四つ仮名が消失したのです。それにひきかえ高知方言や九州の方言ではジ(i)とヂ(di)の違いが発生したあとも破擦音ヂ(di)が弱化しなかったために今日までi(ジ)とdi(ヂ)の違いとなって四つ仮名が残存することになったのです。また中世の田舎方言で「ジ・ズ」→「ヂ・ヅ」の方向に混乱が起きていた」とみられるのはti(シ)の連濁ジ(di)が弱化を起こさずにそのままdi(ジ)として留まったところにti(チ)の連濁ヂ(di)が生じたことによってジとヂが破擦音のdiで同音となったため中世の京都方言の変化(di(ジ)→i(ジ))から見ればi→diのような変化を起こしたように見えることになったのです。
またズ・ヅの変化は次のように考えることができます。
奈良時代以前 四つ仮名時代 現代
ズ:tsu(ス)---→su(ス)---(連濁)---→zu(ズ)--------→zu(ズ)---------→zu(ズ)
ヅ:tu(ツ)----(破擦音化)---→tsu(ツ)---(連濁)-----→dzu(ヅ)--------→zu(ヅ)
奈良時代以前 中世 現代
例:京都方言 :tsu(ス)------→su(ス)---------→zu(ズ)------→zu(ズ)
:tu(ツ)------→tu(ツ)---------→dzu(ヅ)-----→zu(ヅ)
例:高知方言 :tsu(ス)------→su(ス)---------→zu(ズ)------→zu(ズ)
:tu(ツ)-------→tsu(ツ)--------→dzu(ヅ)-----→dzu(ヅ)
例:中世の田舎方言:tsu(ス)-----→tsu(ス)---------→dzu(ズ)
:tu(ツ)-------→tsu(ツ)--------→dzu(ヅ)
*ここではジを除くザ行音の語頭音)(dz-)と語中・語尾音(-z-)の違い(こちら)は省略してzu(ズ)にしてあります。
2.ズとヅが混同(合流)したようにみえる理由
中世以前にス(上代の発音はsu)の連濁ズ(zu)が生じ、ツ(上代の発音はtu)も連濁を起こしdzuとなったため中世頃には四つ仮名と呼ばれるズ(zu)とヅ(dzu)の違いが発生しました。しかし中世以後京都方言では破擦音ヅ(dzu)が弱化してzuになったためズ(zu)とヅ(dzu)が同音となり四つ仮名が消失したのです。それにひきかえ高知方言や九州の方言ではズ(zu)とヅ(dzu)の違いが発生したあとも破擦音ヅ(dzu)が弱化しなかったために今日までズ(zu)とヅ(dzu)の違いとなって四つ仮名が残存することになったのです。また中世の田舎方言で「ジ・ズ」→「ヂ・ヅ」の方向に混乱が起きていた」とみられるのはtsu(上代以前のス)の連濁ズ(dzu)が弱化を起こさずにそのままdzu(ズ)として留まったところにtsu(ツ:上代のtu)の連濁ヅ(dzu)が生じたことによってズとヅが破擦音のdzuで同音となったため中世の京都方言の変化(dzu(ヅ)→zu(ズ))から見ればzu→dzuのような変化を起こしたように見えることになるからです。
四つ仮名は上のような変化をして発生したのですが、当時都であったそれらの言葉を宣教師が記録したものがキリシタン文献に残ったわけです。しかし都で一時生じた上のような四つ仮名の区別も九州や高知の一部をのぞいて破擦音の弱化により消滅してしまい(di→i、dzu→zu)ました。
さて四つ仮名の問題はこれで解決したと思われるのですが、サ行イ音便や上代語の母音連続とみられる「カイ」(櫂)の問題が残っています。次はこれを考えることにします。