「連濁はいつ起こるのか?」
(2005.09.02 更新)
このページでは「ワ行音とハ行転呼音はどのように発生したのか」について考察します。
01.はじめに
02.連濁とは何か
03.清濁と連濁の関係
04.清む(清音)と濁る(濁音)
05.ガ行鼻濁音
06.サ行の直音化について
07.タ行の破擦化について
08.ツァ行音について
09.四ツ仮名について
10.すずめはスズと鳴いたか?
11.ラ行音について
12.日本語にはなぜ行音(V-)がないのか
13.どれが梅(むめ)やら梅(うめ)ぢややら
14.「母」は「ハワ」から「ハハ」に先祖がえりをしたのか?
15.「ハワ」から「ハハ」への変化を仮定する
16.みたびハ行転呼音の変化を考える
17.促音便ってなに?
18.特殊ウ音便と撥音便・促音便の交替はなぜ起こったのか
19.「人」の語源を探る
20.「西」と「右」の語源を考える
21.再び「母」の変化を考える
22.再びワ行音の変化を考える
23.ワ行音と合拗音の関係を考える
24.琉球語の助詞「ヤ」について
25.琉球語の助詞「ヤ」の起源について
26.ワ行音とハ行転呼音はどのように発生したのか
目次(「連濁はいつ起こるのか?」)へ
26.ワ行音とハ行転呼音はどのように発生したのか
前回の更新で琉球語の助詞ヤと本土方言の助詞ハが同源とみられる原因をさぐってみましたが、そこでわかったことは助詞ヤと助詞ハがそのまま対応するのではなく、古代の助詞イと助詞ハの結合したものが助詞ヤと対応することでした。そこでもう一度その対応を簡単に次にまとめておきます。
琉球語の助詞ヤ(またそのバリエーション)
1.C1+p>C1+>C1+>C1+ya
2.C1+p>C1+(無声化以後の変化はこちら)
本土方言の助詞ハ
3.C1+p>C1+>C1+u>C1+ua>C1+wa
*C1:語末の鼻音化母音音節。:古代助詞イ。p:古代助詞ハ。wa:現代の本土方言助詞ハ。ya:現代の琉球語助詞ヤ。:喉頭化母音(//)。
*喉頭化音の存在についてはこちら。語末鼻母音()についてはこちら。
ところで上の本土方言の助詞ハ(p)がワ(wa)に変化することからワ行音(ワ・ヰ・●・ヱ・ヲ)への変化を次のように想定することができるでしょう。
3’.p>>u>w>wV
*C:子音。:鼻音化母音。
*ただし、上代以前にwu(上記の●)はuに変化ずみ。
このようにワ行音も古代の助詞イとハ行音の結合変化として考えることができます。そしてまたこの古代の助詞イの消失を鼻母音のu音化以前に起こったと考えると、次のような変化を考えることができます。
4.p>>>V
*の無声化音()が消失。
このような変化を考えると、上のこれらの変化がワ行音とハ行転呼音の変化と同じであることに気がつきます。そこでその関係がよくわかるようにハ行転呼音とワ行音との関係をもう一度引用しておきましょう。
A.喉頭化音の消失(ワ行音とハの転呼音の変化)
pV→wV→wV
*ワ:pa→wa→wa。
B.半母音wの消失(ハ以外の転呼音の変化)
pV→V→V
*ウ:pu→u→u。
*ハ行頭子音とハ行転呼音の問題点はこちら。
つまりAの変化は3’の変化に対応し、またBの変化は4の変化に対応することがわかります。わかりやすいようにそれらの変化を書いておきます。
A.喉頭化音の消失
ワ行音の変化:p>>u>w>wV
*ハの転呼音の変化はpがp(ハ)の場合。その変化はp>u>w>wa(ワ)。
*ただし、上代以前にwuはuに変化ずみ。
B.半母音wの消失
ハ以外の転呼音の変化:p>>>V
*ただしp(ハ)の場合は上のハの転呼音の変化。
このように語中に古代の助詞イを想定すると琉球語の助詞ヤと本土方言の助詞ハの同源性ばかりでなく、ワ行音の発生やハ行転呼音の変化をもうまく説明することができます。前回の更新で古代の助詞イと助詞ハの結合による変化から助詞ハ(wa)を導きだしたのですが、それと同じ変化を各母音に適用する(上式3’)とワ行音になることがわかります。つまりこのような変化がワ行音を発生させたのです。ところでずっと以前の更新でハ行転呼音はハとハ以外でワとアをのぞくア行音にそれぞれ変化した理由を宿題のひとつとしていましたが、これは上式Bで無声化音イ()の後続母音がア()と広母音であったために無声化音イ()が消失する前にウ音化したと考えられます。ちなみに琉球方言ではこのようなウ音化はア母音でも起きず全て上のB(半母音wの消失)の変化をしています。
さてワ行音とハ行転呼音の問題はこのように解決することができたのですが、ここで「母」の変化をもう一度考えることで問題解決のキーとなった古代の助詞イがもと何であったかを考えることにします。まず「母」の変化のこれまでの考察の結果を引用します。
喉頭音化 摩擦音化 喉頭化音消失 母音の無声化 声門摩擦音化 連濁
発音:(p・X・p→)pu--→fu---→fu(=fw)---→f(=ff)--→hah---→haa
表記:ハハ ハワ ハハ
*接中辞とも見えるXを仮定してあります。
*上の変化は次のように表わすことができます。
喉頭音化 喉頭化音消失 母音の無声化 無声化音消失
X----→u------→u-----------→-----------→
ところで「母」はハの同語反復と考えられますが、このような同語反復語には「乳」「赤々」「ころころ」といった連濁を起こさないものと「木々」「黒々」「はるばる」のように連濁を起こすものとの二種類があります。そしてこのような同語反復語における連濁を起こすものと起こさないものの違いを「連濁を起こすときの原因と起こさないときの原因を別々に考える」よりも「連濁を起こすときと起こさないときとを区別しないで同じ原因を考える」ほうが理にかなっているでしょう。そこで連濁を起こす原因のひとつとして同語反復語の語末が鼻音であると考えると、その変化は次のように考えることができます。
連濁を起こさない:CC>CVC>CVCV
連濁を起こす :CC>CVC>CVC’>CVC’V
*C:無声子音(清音)。C’:有声子音(濁音)。V:母音。:鼻音化母音。:入りわたり鼻音。
*ここでは一音節語(C)の同語反復で示しています。
*の鼻音化音()が入りわたり鼻音()となり、それがCの有声化(C→C’:濁音化)を起こした。連濁を起こさない場合はCが有声化するまえに入りわたり鼻音が消失。詳しくはこちら。
さてこのように考えれば上例にあげた「乳」や「木々」などの同語反復語についてはうまく説明できますが、語頭(音節頭)がpではじまる「母」の場合はうまく説明することができません。そこですべての同語反復語の変化をうまく説明するためには鼻音化母音(→わたりの鼻音)を考えるだけでなく、前回の更新で考えたように語中にXなるものを考える必要があります。つまりこのような語中のXを仮定することによりすべての同語反復語の変化を説明することができると思われます。ではこの語中のXとは何なのでしょうか。
この問題を解く鍵は助詞「ト」にあると思いついたので、これからその考えを説明していきたいと思います。古代助詞トは次のように並列をあらわすために用いられています(上代語辞典編修委員会編 1985:486)。
「と(助) @(a)体言(あるいはそれに助詞のついた文節)二つをむすんで並列の関係にあることをあらわす。並列には、〜ト〜・〜ト〜ト・〜〜トの形式がある。「大伴等ト佐伯の氏は」(万四〇九四)・・・・・(以下すべて省略)」
*乙類をあらわす左棒線は省略。
*現代語の並列助詞のトについてはこちら。
この並列のトをXとすればAの同語反復語は「AトA」と考えることができます。そして「AトA」という現代語を考えればわかるようにそこにはAの強調が見られます。そこでこの「強調」の意をあらわしていた古代の係助詞ゾについて次にみてみることにします(上代語辞典編修委員会編 1985:399)。
「ぞ(助) @文末にあって、体言、活用語の連体形、ある種の助詞に接し、指定・強調する意味をもつ。そのとき、ゾの接した文節または連文節を述語節とし、主語節を求めて、実質的に繋辞の働きをすることもある。「大君を島に放らば船フナあまりい帰り来む叙ぞ」(記允恭)・・・(中略)A文中にあって、種々の連用語や句に接し、それを指示点として強調する。文末が活用語であるときはそれを連体形で結ぶ。「梓弓つら緒取りはけ引く人は後の心を知る人曾ぞ引く」(万九九)・・・(中略)・・・【考】記紀・万葉にゾは清音仮名と濁音仮名が併用されている。元来清音で、奈良時代から平安時代にかけて濁音化が始まったものと説かれている。清音として考えると、指示詞其ソとの関連は一層考えやすい。・・・(中略)・・・文中における係助詞としては、主語のほか、各種の連用修飾語句に接する。そしてその接する語句を指示点として強調する働きは、カにおいて係助詞用法が疑問点指示に働くのと、意味的に対照的であり、構造的には全く等しい。・・・(以下省略)」
*乙類をあらわす左棒線は省略。
またこのゾは東歌や防人歌に現れる助詞トと同じものであると考えられています(上代語辞典編修委員会編 1985:487)。
「と(助) 東歌・防人歌にのみ、係助詞ゾと同じ機能であらわれる。「伊香保ろに天雲い継ぎかぬまづく人登とおたはふいざ寝しめとら」(万三四〇九)・・・(中略)・・・」【考】第一例の異伝に「岩の上ヘにいがかる雲のかぬまづく人曾ゾおたはふいざ寝しめとら」(万三五一八)とある」
*乙類をあらわす左棒線は省略。
そしてまた助詞のシにも指示詞シの用法が受け継がれていると考えるられているので、助詞シの古代における用法を次に見てみます(上代語辞典編修委員会編 1985:346)。
「し(助) 文中、種々の連用文節に接して、その語句を指示する。(a)(省略) (b)従属節中に用いられる場合は、それが順接条件であることが多く、シの受ける語句は(a)より広い。体言(あるいはそれに助詞のついた文節)を受けるときは、排他的にそれを特立する意味を生じる。「あら玉の寸キ戸ヘが竹垣編目ゆも妹志し見えなば吾恋ひめやも」(万二五三〇)・・・・・以下用例省略)【考】シの起源は指示語シだといわれる。ゾやコソの場合と同様にこの考えは肯定できるが、しかし、機能的にはかなりの相違があるようである。すなわち、ゾ・コソには終止用法があるが、このシは単独で終止することがない。・・・(終止用法の例は省略)・・・このように単独で終止する用法がないということは、このシが機能的に、他の係助詞にくらべて、陳述に及ぼす力が弱く、副助詞なみの、語句の指示強調に傾いていたことを意味する。・・・・・(以下省略)」
また別に「シ」には並立をあらわす現代語の接続助詞の用法もあります。そこで沖縄の首里方言の用法を見ておきます(中本 1990:407)。
「(30) (し)
動詞の「連用形+居り」の派生形を活用させた連用形が動作の並列を表す。
bi:run numui sakin numui de:i.
ビールも 飲むし 酒も 飲むし 大変だ。」
*筆者注:「「連用形+居り」の派生形・・・」云々は間違いです。これについてはこちら。
ところで形式名詞(準体詞)の「ノ」は佐賀方言では、次のように「ト」になります(小野志真男 昭和37:204)。
「5 形式名詞「の」は「ト」になる。共通語で同語形をとる格助詞と形式名詞の「の」が、この地方では「ノ」と「ト」に区別されるわけである。
トブトノハヤカ(飛ぶのが早い)
オイガト(僕のもの)、 タッカト(高いもの)
佐賀県東部地方や東松浦地区では、この「ト」が「ツ」になり、島原地方には「チ」を用いるところもある。シロカチ(白いの)。」
*筆者注:上の例は佐賀県西部の武雄市東川登町のものと思われます。
*下線は筆者が引きました。この下線のトが形式名詞「ノ」の方言形。
またこの佐賀方言の「ト」は沖縄の首里方言では「シ」となっています(国立国語研究所編 昭和51:463)。
「-i (接尾) (・・・する,・・・した,・・・な)の,もの,こと。活用する語の「短縮形」(apocopated form)に付き,その語に名詞のような働きを与える。九州諸方言の助詞「と」「つ」,山口県方言などの助詞「そ」と比較される。・・・・・(以下省略)」
これらの引用例から形式名詞「ノ」は各方言で「ト」「ツ」「チ」「シ」となっているので、それらの変化を次のように考えることができるでしょう。
「ト」---→「ツ」/「チ」--→「シ」
*筆者注:並立をあらわす助詞「ト」の場合、首里方言では「ツ」(「-tu (助) と。taruu〜
ziruu〜. 太郎と次郎と。」(国立国語研究所編 昭和51:525)となります。またこの「ト」は古代の連体助詞ツと同じものでしょう。
そこで形式名詞のこの変化をさきほどの指定・強調の意味をもつ係助詞ゾ(東歌や防人歌ではト)や接続助詞シに適用すれば、その変化は次のようになるでしょう。
1.t(ト)---→ts/ti(ツ/チ)---→i(シ)
2.t(ト)---→ts(ソ)--------→dz(ゾ)
ここまで簡単に古代語の助詞「ゾ」「シ」や現代語の接続助詞「シ」(また形式名詞「ト」)、またそれらの方言形などを見てきましたが、これらの助詞は並立・強調といったよく似た意味用法があり、その変化は上の1と2のように考えることができます。そして上の変化のもとになる「ト」には指示機能、また繋辞の働きがあると考えられていますがはっきりしたことはわかりません。それでこの「ト」が何であるかの考察はずっとのちの「係結びとは何か」で書くことにして、とりあえずここではこの「ト」を小辞であったと考えておきます。
さて同語反復語の語中のXをこの小辞「ト」と考えることによって「母」の変化がうまく説明できるのですが、今ひとつ考えておくことがあるので、それを首里方言ついて見てみることにします(それぞれ国立国語研究所編 昭和51:430,430,431,432,433)。
A.bunii(下降型)(名)重荷。重い荷物。
B.ma(平板型)(名)@馬。A琴・三味線のこま。形が馬に似ているのでいう。
C.mi(下降型)(名)梅。
D.ni(平板型)(名)稲。
E.zi=ju(平板型)(名)(自=ra,=ti)出る。zitai iQcai. 出たり入ったり。
*アクセント記号は平板型・下降型と読みかえました。は喉頭化音。は(前)鼻音。
*共通語の「出る」やこの「zi=ju」(出る)は古代語「イヅ」(出る)からの変化「イデル」の「イ」が消失したもので、ここにも古代の助詞イが見られます。
*「馬」「梅」の変化はこちら。
上の引用でわかるように語頭の「オ」「ウ」「イ」はすべてに変化しています。つまり首里方言のある種の語頭の「オ」「ウ」「イ」音はに代償して消失しています(沖縄県与那国島方言の喉頭化音についてはこちら)。
さてここまで引用してきた各語の意味用法とそれらの変化を総合してみれば「母」の変化に仮定した語中のXに上の小辞「ト」をあてはめることができることがわかります。つまりその変化(またその古代語の表記)は次のようになるでしょう。
助詞イ イの無声化音 ウ音化 摩擦音化・喉頭化音消失
(ptp・・・→psp→pp→)pp-----→pu--→fu(→fw以下はこちら)
ハハ ハワ
*小辞ト(t)→ソ(s)の変化の実例はこちら。
*喉頭化音()への変化はこちら。ウ音化はこちら。ハ行頭子音(p)の変化はこちら。
*東歌・防人歌の「ト」→指示詞ソ(其)→強調のソ(並列の助詞ト)→強調・並立助詞のシ→古代語の助詞「イ」への変化や小辞「ト」の起源についてはずっと後の「係結びとは何か」でくわしく考察します。
*( )内のptp・・→psp→ppの変化については問題点が残り、宿題とします。
このような変化を想定すると上代における「母」の発音はpp(万葉仮名では「波伴」「波播」なので、後ろのハはpaかも)と考えられますが、皆さんはどう考えられますか。