「連濁はいつ起こるのか?」
(2007.12.01 更新)
このページでは「連濁はなぜ起こるのかーア行音の問題」について考えてみました。
01.はじめに
02.連濁とは何か
03.清濁と連濁の関係
04.清む(清音)と濁る(濁音)
05.ガ行鼻濁音
06.サ行の直音化について
07.タ行の破擦化について
08.ツァ行音について
09.四ツ仮名について
10.すずめはスズと鳴いたか?
11.ラ行音について
12.日本語にはなぜ行音(V-)がないのか
13.どれが梅(むめ)やら梅(うめ)ぢややら
14.「母」は「ハワ」から「ハハ」に先祖がえりをしたのか?
15.「ハワ」から「ハハ」への変化を仮定する
16.みたびハ行転呼音の変化を考える
17.促音便ってなに?
18.特殊ウ音便と撥音便・促音便の交替はなぜ起こったのか
19.「人」の語源を探る
20.「西」と「右」の語源を考える
21.再び「母」の変化を考える
22.再びワ行音の変化を考える
23.ワ行音と合拗音の関係を考える
24.琉球語の助詞「ヤ」について
25.琉球語の助詞「ヤ」の起源について
26.ワ行音とハ行転呼音はどのように発生したのか
27.連濁はなぜ起こるのかーア行音の問題
目次(「連濁はいつ起こるのか?」)へ
27.連濁はなぜ起こるのかーア行音の問題
前回まで連濁現象についていろいろ考えてきたのですが、それらの考察がどのように関連しているのかわかりずらかったことと思います。それで今回はそれらのあいだのつながりがどのようなものであるかを知ってもらうためにその関連がわかるように各事項についてまとめてみたいと思います。
1.連濁とはなにか?
2.語末鼻母音
3.喉頭化音
4.母音の無声化
1.連濁とはなにか?
連濁は「山」と「川」の語が複合して「山川」(やまがわ)となり、「山の中の川、山中を流れる川、山から流れ落ちる川」の意味になることで、だれもが知っていることなのですがいちおうその定義を見ておきましょう。(日本大辞典刊行会編20巻 昭和51:513)
「れん-だく 【連濁】《名》二つの語が結合して一語を作るとき、あとの語の語頭の清音が濁音に変わること。「桜・花」が「さくらばな」、「菊見・月」が「きくみづき」、「経済」が「けいざい」となる類。“発音”〈標ア〉(0)〈京ア〉(0)」
ところがその連濁現象はある語には起こり、ある語には起こらないといった違いがみられ、そこには次のような傾向(きまり)が見られます(連濁の起こる、より詳しい条件はこちら)。
1.「ノ関係」は連濁を起こすが、時に起こさない。(ただし「ト関係」は連濁を起こさない)
2.古代に連濁しなかった語も、時代が新しくなるほど連濁する傾向にある。(ただし、現代では慣用されたものとして固定している。どちらかというと清音になる傾向にある)
3.二語の熟合度が高く、一語と意識されるほど連濁は起こる。
このような傾向から連濁は古来から言われているように「語が熟合していると連濁は起こる」というのが正確なところでしょう(この問題は次回の更新ページの最後(「連濁の起こるとき」)で考えます)。
それではこれから具体的に連濁の起こる理由を解き明かしていくことにしましょう。そこで50音図に基づいて考えていくことにします。
2.語末鼻母音
ア行音では語末鼻母音()、喉頭化音()、それに母音の無声化(:母音Vの無声化音)の問題があります。そこでまず語末鼻母音について考えます。
語末鼻母音は語末が鼻母音になっている音で、鼻にかかった「アン」といったときの「ン」にあたる音(フランス語の「bon」([b])にみられる音)です。そのような語末の鼻母音は古代の本土方言に存在したと考えることができます。その存在を証拠だてるために沖縄県八重山の波照間島方言と首里方言をみることにします。
1.波照間島方言(引例はこちらから)
「sk-ng「月」;pato-ng「ハト」」(崎山 平成2:118-9)などのように語末に鼻音ngがみられます。」
2.首里方言(引例はこちらから)
「本土方言と首里方言(沖縄県那覇市首里)の動詞終止形の対応は次のとおり。
鼻母音 :消失 残存
書く(kak):kaku(本土方言) [katu](首里方言)」
ところで鼻音の変化は次のように考えることができます。
両唇鼻音 歯茎鼻音 (軟口蓋鼻音) 口蓋垂鼻音 鼻母音
m――――→n――――→(=ng)――→―――――→
*たとえば「フランス語では、母音の後の鼻子音が消え(て鼻母音となっ)たので,・・・(略)。」(M.シュービゲル 1982:p79。次例はp177)「bon」([b])はn→の変化と考えられるでしょう。
そこで上の波照間島方言に軟口蓋鼻音(=ng)が見られることから軟口蓋鼻音が鼻母音()に変化したと考えると、「月」の音韻変化を次のように考えることができるでしょう。
京都方言 :tuk----→(tukng----→)tuk----→tsuk----→ tsuki(語末鼻音なし)
波照間島方言:tuk-----→skng(語末鼻音あり)
*本土方言の「月」の連濁語である「月々」の変化は次のとおり。
(tuktuk--→)tuk+tuk--→tuktuk→tukduk→tsukidzuki(月々)
*語末鼻音が鼻母音()に変化し、その後入りわたり鼻音になり、そして連濁が起こったのです。
*以前の変化式では波照間島方言の「月」でtuk→skngの変化を考えたのですが、語末鼻母音()から軟口蓋鼻音(=ng)への変化は考えにくいので、以前の考えを上のように訂正します。
そして上にみられる本土方言と琉球方言の名詞(例:波照間島方言のsk-ng「月」)と動詞終止形(例:首里方言[katu]「書く」)の対応から原始日本語の語末鼻音の変化を次のように考えることができるでしょう。
原始日本語
本土方言 :(語末鼻音)--→ng--→(鼻母音)--→(語末鼻音消失:CV)
琉球方言(の一部):(語末鼻音)--→ng (語末鼻音残存:CVng)
*この鼻母音の消失にいたる語末の変化は連濁・連声・強調形・二重語(ダブレット)・方言形や撥音を生みだしました(詳しくはこちら)。
*上の語末鼻音()は何から変化したのかという問題についてはのちほどの更新で考えます。
ところで中世における字音語の語末鼻音m/n/ngの変化は次のようになっています。
「…院政時代から鎌倉時代になると、次第にそのmとnとの区別がなくなって「ン」音に帰し(「覧」「三」「点」などの語尾mが「賛」「天」などの語尾nと同じくn音になった)、またngはウまたはイの音になり(「上ジヤウ」「東トウ」「康カウ」などの語尾ウ、「平ヘイ」「青セイ」などのイは、もとngである)、……(以下、入声音の語尾p・t・kの変化は省略)」(橋本進吉 1980:162より)
そこで中世における語末鼻音の変化は、次のように考えることができるでしょう。
語末鼻音 軟口蓋鼻音 母音化
(m→n→)---→(=ng)------→i/u
*この変化はさきほど書いた鼻音の変化(→→)と違っていますが、この問題についてはのちの更新で考えます。
3.喉頭化音
もうひとつの問題である喉頭化音()について考えます。ところでここに聞きなれない喉頭化音という言葉がでてきましたが、実は「ゴホンと咳をするときの、最初の、のどがしまるような感じがする」(柴田 1978:716)音のことで、咳声のときにでるだけでなく東京方言の「朝」といった言葉に見られます。そこで喉頭化音の見られない京都方言と比べて見ると、次のようになります(喉頭化音についてはこちら)。
あり なし
喉頭化音:東京方言 [asa] 京都方言 [asa]
*「」は声門閉鎖音(//)とも呼ばれています。
この喉頭化音は沖縄方言や奄美方言にみられ、沖縄の首里方言などでは語の識別にも役立っているすぐれものものです。たとえば首里方言でその違いをみてみると、次のようになります(引例はこちらから)。
喉頭化音あり:waagaciワーガチ(上書き) wiiヰー(上)
喉頭化音なし:’wacimiciワチミチ(わき道) ’waka=juワカユン(分かれる) ’wiiヲヒ(甥)
このように東京方言や岩手県の宮古市方言で必ずはっきりした喉頭化音が聞かれること、また首里方言などでは喉頭化音が現在も語の識別に役立っていることなどから原始日本語には喉頭化音が存在したと考えることができます。そして八重山与那国島方言の「舌」の発音とその周辺の方言音を比べることから喉頭化音発生の理由を類推することができます(引例はこちらから)。
石垣島 [sta:]
波照間島 [sta:]
小浜島 [sta]
新城島 [sta]
西表島 [sta]
与那国島 [ta]
上の周辺の方言と与那国方言を比較することによって与那国方言の[ta]への変化はsta→taと考えることができます。そしてその原因は「舌」の第一音節の狭母音が無声化し、その第一音節のsの消失によると考えることができるでしょう(詳しくはこちら)。
ところで古代日本語は母音連接を非常にきらい、「…母音音節は、語頭にしか立てない」という特徴がみられたのですが、しかしそこには「櫂」(加伊)、「妹い」(妹伊)といった数少ない例外がありました。そしてこれらの例外に対して「…原日本語の母音が喉頭破裂をともなっていたのではないかということは、ゆるされうる仮定である、とだけはいえよう。…(以下省略)」(《日本語の歴史》編集部編 昭和38 :314)という考えがすでにだされています。そこで東京方言にもみられる、この喉頭化音が古代に存在したと考えると「櫂」(加伊)、「妹い」(妹伊)の変化は次のように考えることができます。
「櫂」(加伊) :kai--→kai
「妹い」(妹伊):imoi→imoi
*筆者注:この考えは故亀井孝氏のものです。日本語における喉頭化音の存在を最初に見つけられたと思われる、このすぐれた考えに敬服すると共に故人の冥福を祈ります。
そしてこのような変化を考えつくと、子音sの消失にみえる「稲」/「荒稲」、「雨」/「春雨」についても次のような変化を考えることが可能でしょう(次例はこちらから)。
「稲」 : sine--(s音消失)--→ine--(喉頭化音消失)------→ine
「荒稲」:ara+sine--------------------(喉頭化音消失)--→arasine
「雨」 : same--(s音消失)--→ame--(喉頭化音消失)-------→ame
「春雨」:paru+same---------------------(喉頭化音消失)--→harusame
*同じような喉頭化子音から喉頭化母音への変化などの例はこちら。
*「ヒヒン」(馬のいななき)の変化はこちら。
*サ行イ音便の消長(「話した」の方言形である「話いた」)についてはこちら。
*喉頭化音の変化(X→u→u→→)についてはこちら。
4.母音の無声化
さて次に母音の無声化現象について考えます。この母音の無声化はさきほどの喉頭化音を発生させたのですが、まず母音の無声化現象がどんなものであるか見ておきましょう(柴田 1988c:630-1)。
「【無声化】 ある条件のもとに母音のひびきが消えること。音声学的には、声帯の振動がなくなることと説明できる。東京方言では、「北(kita)」のiが全然ひびかないが、京都方言ではよくひびく。「あります」の末尾のsuのuは、東京方言では消えて、[arimas]に近く聞こえるが、大阪方言などでは「スー」と長めに聞かれるほどsuのuがよくひびく。
東京方言式の無声化は、無声の子音と無声の子音とに挟まれた狭母音(i・u)に起こる。kitaのk・tは無声子音、iは狭母音である。[arimasu]の場合も、末尾に続いて無声の子音があると考えれば(ときには、実際に、のどをつめる声門閉鎖音[]のあらわれることがある。すなわち、[arimasu])、sも無声子音で、間に狭い母音(u)が挟まれている。・・・(以下省略)」
*中世における母音の無声化についてはこちら。
*以下省略した文章のなかでは、熊本方言などの「柿」(kak)、鹿児島市方言の「柿」(カッ:kat)、沖縄県宮古島(もと平良市)方言の「人」(ptsu)や同市大神島の大神方言の「鏡:カカム[kakam]、毒:トゥク[tuku]」(柴田 1988c:630-1)の例があげられています。これらの語末の無声化とその変化についてはこちら。促音便についてはこちら。
語頭のイの消失について見ておきます(《日本語の歴史》編集部編 昭和38:304-5。
「………しかし、たとえば、豚は、古語では「ゐのこ」であって「ぶた」ではない。「でる(出)」や「だく(抱)」が「いづ(る)」「いだく」から派生したことは明らかである。「ざる(笊)」も古くは「いざる」であった。「どれ」「どこ」も同じように語頭の「い」が落ちてできたものなのである。「いづれ」「いづこ」とならんで、「いどれ」「いどこ」という形が古く俗語に行なわれ、「どれ」「どこ」はその系統をひくのである。………(以下、省略)」
このように母音の無声化は語頭・語間・語末をとわず母音i・uにおいて見られ、この母音の無声化の傾向は上代の「東国において早かったろう」といわれています。そしてその傾向は現代の東京方言が京都方言にくらべて母音i・uの無声化が進んでいることにもあらわれています。
さてさきほどの「あります」がarimasのように母音uがないように発音されることから狭母音i・uの変化を次のように考えることができるでしょう。
狭母音の無声化 狭母音の消失
母音イ:i---------------→--------------→
母音ウ:u--------------→--------------→
*ここではウの円唇(/u/:京都方言)と平唇(//:東京方言)の違いは考えずuで表記してあります。
*・:それぞれi・uの無声化音。は無声化母音・の消失をあらわす。
*もちろん京都方言も中世に母音の無声化は起こっています(例:gozr(ござる))。
また語頭のウの消失と入りわたり鼻音についての関係については城生氏の次の考えが参考になるでしょう。
「「バラ」「ムバラ」「ウバラ」「イバラ」(茨)などはいずれも[baa]のような音声にさかのぼると見られ、「ダス」「イダス」(出す)、「ドコ」「イヅコ」(何処)、「ダク」「ムダク」「ウダク」「イダク」(抱く)なども同様にして無理なく説明することができる。」(城生 1977:139)
*入りわたり鼻音についての原注8は、次のようになっています(城生 1977:142)。
「(8) 単音連続において他の単音からある単音へ移る際、直前で呼気が鼻腔に抜けるような音声。例えば[b]では[b]の閉鎖が始まる直前に呼気が鼻腔に抜ける。」
このような考えとさきほどの狭母音の変化をひとつにまとめると、語頭イ・ウの変化を次のように考えることができます(詳しくはこちら)。
鼻音化音 入りわたり鼻音化 無声化 無声化音消失 入りわたり鼻音消失
語頭イの消失:CV------→iCV-----------→CV----→CV---------→CV
語頭ウの消失:CV-----→uCV-----------→CV----→CV---------→CV
*・:それぞれi・uの鼻音化母音。・:それぞれi・uの無声化音。:入りわたり鼻音。C:子音。V:母音。
上で語頭のイ・ウの消失について考えたのですが、語末の無声化を「あります」について見ると、次のようになります(詳しくはこちら)。
東京方言:arimasuCV-→arimasuV-→arimasu-→arimasu-→arimasu-→arimas-→arimas
大阪方言:arimasuCV-→arimasuV-→arimasuV-→arimasuu
*C:子音。V:母音。:Vの無声化音。:声門閉鎖音(//)。:ウの無声化音。
*大阪方言の変化は母音の無声化が起こるまえに声門閉鎖音()が消失したためと考えられ、その後二つの母音が融合、長音化した(ここでは語尾の長音をuuで表記)ものです。上に変化の最初に仮定したCVの消失代償(上では長音化)と上代特殊仮名遣いが関係していることについてはずっと後の「係り結びとは何か」で考察したいと思っています。
さてここまで語末鼻母音、喉頭化音、母音の無声化といった現象を考えてきたのですが、それらの変化をまとめてみると次のようになるでしょう。
1.語末鼻母音の消失:-----→V
2.喉頭化音の消失 :V-----→V
3.母音の無声化 :V-----→-----→
*V:母音。:Vの鼻母音化音。V:Vの喉頭化音。:Vの無声化音。:無声化母音の消失をあらわす。
そこでこれらの変化をつなぎあわすと古代日本語の母音の変化を次のように推測することができます。
語末鼻母音の消失 喉頭化音の消失 母音の無声化 無声化母音の消失
---------------→V-------------→V-----------→--------------→
*Vは母音。・V・・は上記。:喉頭音化かつ鼻母音化している母音。
*ここではとりあえず喉頭化音の消失よりも語末鼻母音の消失のほうが早かったと考えてあります。
そのほかにも次のような問題があります。詳しくはそちらをみてください。